六羽 王の誇り
(この人が、ウェズ王国初の女公爵・ルア。噂よりずっと若くて、立ち居振る舞いまで本当に美しい。確か、亡くなったと聞いていたけれど‥‥。)
「部下が勝手に縛ってしまって失礼。ベル殿。あなたと話がしたい。」
「え?」
「ルア様、何をおっしゃるのですか⁉この女は人間でありながら、化け物どもに味方していたのですぞ。問答無用で処分すべきです‼︎」
「これは亡き陛下のご遺志だ。そして陛下亡き今、この王国は私が先導していく。皆、力を貸してくれるな?」
ルアの威圧感に、兵士たちは息を呑んで背筋を伸ばした。
「ただちに鎖を解き、怪我の手当をせよ。」
「御意。」
*
その後、17歳という年齢にふさわしい可憐な白のワンピースに着替えたベルは、ルアの部屋に案内された。
「あなたを裏切った大臣たちは、この手で処刑した。返り血で汚れた鎧姿で話をするのは、気が滅入る。私も着替えましょう。」
「ああ、大臣たちをあなたが‥‥」
自分を裏切った者たちとはいえ、長年を共にした臣下たちの死を聞かされ、ベルは思わず目を閉じて心の中で祈りを捧げた。
髪色と同じ黒のドレスに着替えたルアは、長い祈りを終えた様子のベルに、椅子と紅茶を勧めた。
「さて、あなたの過去を話してくれませんか?私はあなたのことが知りたい。」
ベルは頷き、ぽつりぽつりと話し始めた。
幼い頃、半獣族の先王・リュウに両親を殺され、自分はさらわれたこと。子供がいなかったリュウに愛情いっぱいに育てられ、王位継承者に指名されたこと。でも、臣下は自分は王だと認めていなかったことを、あらためて今日戦場で思い知らされたこと‥‥。
「‥‥それでベル殿、あなたはご自分がこのウェズ王国の生まれだということを知っていますか?」
「まさか!嘘でしょう?‥‥そんなこと、誰も教えてくれませんでした。」
「本当です。12年前まで、あなたは川向こうのあの街で、ご両親と暮らしていたそうですよ。それ以上は、今となっては分からないのですが。」
ルアは、街を指差して言った。
「この国のあの街が‥‥私のふるさと‥‥。」
「あの街には、この城に働きに来ていた者たちが大勢いました。何か覚えていませんか?」
「‥‥いつも母に連れられて行く大きな部屋や広い庭で、同じくらいの年の綺麗な女の子と遊んでいたことは、ぼんやりと覚えているのですけど‥‥さらわれた時はまだ5歳で、あまりよく覚えていないのです。」
ルアは腕組みをしながら街を見つめて何か考えているようだったが、ベルは絶望的な表情で続けた。
「愛してくれた父に託されたことだからと、私なりに王としての努力をしてきたつもりでした。でも結局人間の私は受け入れてもらえず、ふるさとの人たちにも裏切り者だ、化け物だとののしられて‥‥。もう生きている意味が何なのか分からない!みんな偽りの忠誠など誓わず、本当の気持ちを伝えて欲しかった!」
泣き崩れるベルの背に、ルアが優しく手を置いた。
「人は、他人を騙してでも、這い上がろうとする生き物です。だが、それは心が歪んだ一部のものだけ。あなたはそれにたまたま出会った。でもそれは決して、あなたの努力が足りなかったせいではない。‥‥ベル殿はまだ若い。あなたが生まれたこの国で、もう一度生きてみてはどうだろう。亡き女王陛下も、きっとそれを望まれたはずです。」
「ありがとう。でもそんなこと、誰も歓迎してくれないわ。ミナ様‥‥あなたは優しい方ね。きっと、素敵な家族と臣下に囲まれてお育ちになったのですね。」
ベルの言葉を受けて、ルアは話し始めた。
「‥‥私は、この国の公爵家に生まれました。共に育ったきょうだいは、2つ年下の弟だけ。私はその勝ち気で生意気な弟がかわいかった。でも、私たちは母が違ったのです。弟の母の身分が低かったせいで、父もその周囲も、いつも私たちを比較して育てた。おかげで弟の心は歪み、大きな罪を重ねてしまった。」
「その弟君が‥‥ティルト公爵‥‥」
「ええ。弟は私をひどく憎んでいたようです。強くなってほしくて、いつも厳しくしてしまった。私がもっと優しくしてやれば、こんなことには‥‥」
強く美しい女公爵が、とても悲しそうに笑うのを見て、ベルは涙を拭って大きな決心をした。
「ルア様。明日、私を民衆の前で処刑してください。」
「‥‥何を言うのです!あなたは、国と国、人間と半獣族の戦いが生んだ犠牲者。生まれ故郷であるこの国で、もう一度‥‥」
「いいえ、ルア様。私はやっぱり、半獣族の女王です。」
「ベル殿‥‥」
「実の両親と一緒にこの国で暮らしていた私は、きっと幸せだったのだと思います。でも、不幸な戦が元だったとしても、私を自分の子供として愛し、育ててくれた半獣の王が、やっぱり私の父なのです。私は、その父の国を守れなかったことの責任を取らなければならない。そして、人間も半獣も変わらない、戦がどれほど悲しい悲劇を生むかということを、身を持って両国の人たちに伝えることが、きっと私の役割なのです。」
「何と‥‥」
凛とした表情で言い切るベルは17歳の少女ではなく、誇り高き一国の女王だった。
「それに私を処刑することで、新たな指導者であるルア様に、皆が畏敬の念を抱くでしょう?あなたの治世の始まりのために、少しは助けになると思うのです。」
「‥‥あなたは、見事な政治感覚をお持ちだ」
「ふふっ。お父様の教育のおかげです。‥‥でもね、ルア様。一つお願いがあります。」
「なるほど。やはり、そうきましたか。」
「私の命と引き換えに、サヴァエル国を存続させてほしいのです。このウェズ王国の従属国で構わない。決してこの国で、半獣族の者たちを奴隷として扱わないように。そして彼らが皆、自分たちの血に、誇りを持って生きていけるように。」
ルアはまぶしそうにベルを見つめながら、立ち上がった。
「ええ、必ず。お約束します。サヴァエル王国・ベル女王陛下。」
力強くこう言って、深く頭を下げた。ベルは、屈託なくにっこりと笑った。