五羽 裏切り
「まずい!このままでは囲まれる!一旦退いて!」
馬上で先陣を切るベルの怒鳴り声に、付き従う大臣は答えた。
「ここで退いてはなりませぬ!本陣は目の前です!」
「‥‥分かった!‥‥皆の者!続けーっ!」
しかし、大臣をはじめ兵士たちは女王ベルに続かなかった。ベルを置き去りにして突如反転したのだ。ベルはたった一人、瞬く間にウェズ王国の大軍に呑み込まれてしまった。
*
どのくらい時間が経ったのだろうか。目を覚ますと、大勢の声が聞こえた。周囲には、多くの人々がいる。恐らく、ウェズ王国の民だろう。体が柱に括り付けられている。
「人間のくせに化け物の味方をしやがって‼」
「戦で死ねばよかったのよ!」
「何が女王だ!」
「化け物に身を売った裏切り者め!」
民衆の怒鳴り声に、ベルは絶望し、何も言えなくなった。臣下の者たちに裏切られてしまったけれど、それは自分の努力が足りなかったからだ。父は他種族の自分を心から愛して育ててくれた。姿が違うだけで、人間も半獣族も変わらない。だから、自分を育ててくれたサヴァエル王国のため、命をかけようと王になった。それを全否定されるなど、思ってもみなかった。
(私は間違っていたの?‥‥怖い!お父様、助けて!)
『ベル。私が死んだら、この国を継ぐのはお前だ。強くなれ。』
『もちろんよ、お父様。私は絶対にお父様の国を守るわ。皆の期待に応えるから。』
(ごめんなさい、お父様。私は、国を守れなかった。)
ベルの体に、民衆から次々と石やゴミが投げつけられた。
「皆、その程度にしておけ。」
「あなた様は‥‥‼」
ルアだった。周囲にいた兵士たちが、いっせいにひざまずくのにつられて、民衆たちも礼をとった。ルアはゆっくりとベルに近づき、笑みを浮かべる。
「お会いするのはこれが初めてですね。サヴァエル王国女王・ベル殿。」
「あなたは‥‥?」
「私の名は、ルア・キャシャ。この国の元公爵です。」
罪深き弟を捕らえ、亡き女王を想う女公爵・ルア。ベルにとって、彼女は希望か。それとも、絶望か。