四羽 フードとマスクの下
「あの丘の上の本陣に、女王はいるのかな。今回は戦に出るって噂になっていたけど。」
「戦に不慣れな女王自らが討って出ることはありませんよ。劣勢の我らが狙うは、総大将のティルト公爵のみ。ベル様が先頭に立ってくだされば、皆の士気は何倍にも上がりましょう。」
「分かった。必ずティルト公爵を仕留めてみせるよ。」
ベルは意を決し戦場に向かった。それが、仕向けられた罠だと知らずに。
*
「ティルト公爵。女王陛下は何処にいらっしゃるのだ?貴殿と共にここに来られるはずではなかったのか?」
陣中に姿を見せた総大将のティルト公爵に、アルフィー大公がたずねた。
「陛下はやはり血を見るのがお嫌なようで‥‥ご気分が優れないと、お休みになっています。大公様、あなたは女王様びいきですから、ご心配でしょうね。」
「何と、それは心配だ。誰か側にいるのか?」
「侍従がお世話をしております。」
「そうか‥‥それならば、ここにおいでになるより安心かもしれぬ。」
(こうなった今、残る邪魔者は大公ただ一人。戦のどさくさに紛れて、殺ってしまおうか。)
ミナの死体は、寝台に寝かせて布団を被せた。誰にも見られていないはずだ。
「公爵様、大公様。どうやら女王自らが先陣を切るようです。」
「やはりそうか。では、包囲して生け捕りにしよう。いかがかな?総大将。」
「いや、生け捕りなど生ぬるい。即座に殺すべきでしょう。」
「これは陛下のご意思ですぞ、ティルト殿。総大将といえど、国王の命に背くことは許されぬ。」
「‥‥‥‥。」
歯軋りをするティルトに、大公が周囲に聞こえないようにささやく。
「‥‥悔しそうな顔だな。ティルト。」
ティルトはハッとした。この声‥‥この口調‥‥。
「‥‥まさか‥‥!」
アルフィー大公は突如いつも丸めていた背を伸ばし、フードを脱いで、マスクを剥ぎ取った。マスクの下から現れたのは、1人の美しい女性の顔だった。そう、大公と呼ばれ、ティルトと対立していた男は、ティルトが2年前に手をかけたはずの姉・ルアだったのだ。
「姉上⁉そんな‥‥そんなはずはない!あなたはあの時、私が殺したんだ!」
「あの時少々気を許してしまったが、そなたごときに命まで取られる私ではない。それでも、そなたが望む地位を手に入れて、心からミナ様をお支えするのであれば、黙って見守るつもりだった。なのに、そなたはまた罪を重ねてしまったのだな。女王を手にかけるなど‥‥私は決してそなたを許さぬ。」
ティルトは柄に手をかけたが、ルアの方が速かった。彼女は剣を抜き放ってティルトの手を斬り、瞬く間に首に剣を突きつけた。
「そなたなら成長出来ると信じていたのは、やはり間違いだったようだ。閉じ込めておけ。処遇は戦が終わってからだ。」
大公直属の精鋭たちが素早くティルトを捕縛した。ティルトはもがき、叫ぶ。
「離せ!やめろ‥‥‼」
生きていた女公爵。偉大な姉を超えようとして歪んでしまった弟。姉弟の間に入った亀裂は、二度と元には戻らないのか。