三羽 豹変
「あなた、相変わらず軽装ね。怪我するわよ?ティルト。」
「ご心配なく。女王陛下。」
開戦当日。ミナは総大将のティルト公爵と作戦の確認を行っていた。そしてミナは今日、前公爵ルアの死について、気になっていたことをティルトに確認しようと決めていた。
「ティルト。一つだけ、聞きたいことがあるのだけれど。」
「何でしょうか?」
「2年前のルアの死について、あなた何か知っていることはない?ルアはわたくしにとっても姉のような存在だったし、公爵もあれほど立派に努めてくれていたのに‥‥」
窓の外を見ながらこう言った。
地図を見ていたティルトは、片方の眉をピクリと動かした。ミナは続ける。
「あのルアが背中を斬られるなんて、よほど気を許していたとしか思えない。ルアの部屋に出入りできる者も限られているわ。」
ミナは決心したようにティルトに視線を移した。椅子にかけていたマントを羽織ると、ティルトは動きを止めた。しばらく沈黙が続き、彼はゆっくりと振り向いた。その紫の瞳には邪悪な光が宿っており、ミナの瞳をまっすぐに捉えた。
「‥‥私が2年前から王宮内で疑われていたことは承知しておりました。それをさらりとおっしゃるなんて、さすがは女王陛下。」
突如豹変したティルトの態度に、ミナは驚きを隠せなかった。ティルトは片頬を引きつらせて嗤った。
「あなたもあなたの父親も、まったく愚か者ですね。本来なら、唯一の男子であるこの私が公爵になるはずだったのに、先王があの姉を指名したからこんなことになったのが、お分かりではないのですか?」
(馬鹿だ。わたくしは、直感的にそう思った。聞いてはいけなかった。触れてはいけなかった。でも、わたくしは信じたかった。母が違うとはいえ、弟が姉を殺すなんて、あるはずがないと。でも今、この瞬間に分かってしまった。あの日、ティルトがルアを殺したのだということを。)
「2年前のあの日、姉上は私を馬鹿にしたのです。」
2年前。
「姉上‼今度の戦の将軍は、私にやらせてください!もう城にいるのは飽きたのです。そこらの兵士よりも、武に長けた私の方がよほど役に立ちます。」
「‥‥好きにすればいいのではないか?」
私は姉の意外な言葉に驚きと喜びを隠せなかった。でも、姉は呆れたように言った。
「何と浅はかな‥‥この際だから、はっきり言うぞ。将軍やら公爵やらになりたいなら、まずは人を蔑むその性格を改めよ。今のそなたに、国の大仕事を任すことはできない。」
「やはり、ダメなのだと思いました。母の身分が低い私がいくら努力をしても、根っからの貴族である姉を超えることはできないのだと。私は姉が羨ましかった。妬ましかった‥‥殺したいほど。」
その言葉を聞いた途端、ミナはティルトの頬を叩いた。鈍い音が部屋に響く。
「どうして分からないの⁉︎ルアはあなたを馬鹿にしたわけじゃないわ!︎」
「そんなはずはありません。」
「ルアは‥‥『もっと成長できる』、『いつかは国を引っ張ってほしい』。いつもそう言っていたわ。お母様の身分のことで、あなたが苦しんでいるのを知っていたから。」
ティルトは呆然とした。そんな事、考えもしなかったのだ。ティルトは震えながら、ゆっくりと剣を抜いた。ミナは一瞬で自分の血の気が引いていくのを感じた。
「姉上‥‥なぜそれを私に直接言ってくださらなかったのですか?この私の劣等感と憎しみは、今更消えることはありません。」
そう言いながら剣の先を、ミナの胸の前でピタリと止めた。
「ダメよ、ティルト。これ以上罪を重ねないで。」
ミナは震えながらこう言ったが、ティルトは歪んだ笑みを浮かべた。
「もう、遅いのです。女王陛下。」
ティルトは剣を持つ手に力を込めた。
*
半獣族領土内。
「そろそろ始めよう。お父様のこの国を、守らないと。」
「勿論でございます。ベル様。」
大臣が嗤ったのを、ベルは気がつかなかった。運命の戦の幕が上がる。