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二羽 2人の女王


「ベル様!聞いていらっしゃいますか⁉」


 大臣の怒鳴り声で、私は我に返った。


「ごめん。確か‥‥ウェズ王国が私たちのことを潰そうとしているんだよね?」

「ええ。戦に備える必要がありそうです。」


 戦‥‥何度聞いても、嫌な響き。私は人間族のどこかの王国生まれで、実の両親は半獣族との戦の最中に、襲われて死んでしまった。だから私は戦をしたくなかったし、血を見るのも嫌だった。それに、大国・ウェズ王国を相手に、私たちが勝つ保証など、どこにもないのだから。


 5歳だった私は、捕らえられて半獣族の国・サヴァエル王国へ連れてこられた。殺されるはずだったけど、国王リュウの一存で、娘として育てられることになったのだ。

 愛する妻に先立たれて以来新しい妻を迎えようとせず、子供もいなかった父は、私に全ての愛情を注いでくれた。


                          *


 ウェズ王国。王室。


「半獣族と戦をしろというの⁉わたくしは嫌よ‼」


 18歳の女王・ミナは銀色の髪を揺らし、薄紫色の瞳を見開いた。1年半前に兄である王太子・カーティスが謎の死を遂げたため、望まぬまま王位についた。兄と同じ王室の家庭教師に教育を受けていたが、軍事には明るくなかった。恐ろしい半獣族との戦と聞いて、側にいる青年に詰め寄ったのだ。


「お静まり下さい。女王陛下。」


 落ち着きはらって女王をなだめた青年は、闇よりも深い黒髪と、毒々しい紫の瞳をしている。その笑顔は、いつもどこか冷たい。


「ティルト公爵‼あなた、わたくしを守ると言ったわね?その言葉通りに出来るのかしら?」

「勿論でございます。私の主はあなた様だけ‥‥必ずお守りいたしますよ。」


 男の名は、ティルト・キャシャ。ウェズ王国配下・キャシャ家の若き当主であり、公爵の地位を与えられていた。ウェズ王国の次期王位継承者でもある彼は、“王としての振る舞いや仕事を身につける”という理由で、ミナの側にいることを許されていた。

 ミナは一旦気を鎮めてカウチに座り直した。

              

「それで、半獣族の女王についての話とは何なの?」

「はい。女王陛下は、半獣族の女王が人間であることをご存知ですか?」

「‥‥!本当なの⁉」

                                 

 ミナは驚いて身を起こしたが、ティルトは落ち着いて続ける。


「幼少の頃に、先王・リュウにさらわれたとのことです。当初は殺すつもりでしたが、愛情が芽生えたとか‥‥」

「まあ、何てこと。」

「しかも、その女王は我がウェズ王国の人間だと‥‥」

「何ですって!?」


 ミナは驚いて立ち上がった。


「獣はこれだから困りますね。我らの民を人質に取るとは。」

「一体いつのことなの?」

「半獣族サヴァエル王国が、川向こうの街を襲った時です。12年前でしたか。」

「あまり覚えていないけれど、大好きだったアンナと家族が殺された時だわ。」

「ああ、あの家庭教師の‥‥」


 ミナは口をつぐんで、窓の外に見える川向こうの街を見つめた。


「そう、あの時に‥‥。この国の人間なら、話し合えばいいんじゃないかしら?そもそも戦をする必要が‥‥」

「ありますよ。」


 珍しくティルトがミナの言葉を遮るように、強い口調で断言した。ミナはやや混乱しながら、自分に詰め寄るティルトを見た。


「ティ‥‥ティルト?」


 彼の凄まじい気迫に、ミナは言葉を失った。ティルトはゆっくりと、だが力強くミナに告げる。

 

「あなた様の地位を高めるために‥‥国が栄えるために‥‥獣の一員となった裏切り者を罰するために‥‥戦は必要なのです。」


 ミナは思わず後ずさりした。すると、ティルトは一転にっこりと笑い、背筋を伸ばした。

                     

「そういう訳なので、明日までにご返答をよろしくお願いいたします。」

「も‥‥勿論よ!」


(でも‥‥本当にこれでいいのかしら?半獣族の女王は人間で、わたくしたちと同じウェズ王国人だというのに‥‥。なんとか一度話をすることはできないかしら‥‥。)


「ティルト公爵。陛下に何をおっしゃったのですか?」

「お気になさらず、大公様。戦が始まると言っただけですよ。失礼いたします。」


 大公のアルフィーは常にマントとフードをかぶり、顔全体を覆うマスクを着けている。2年前疫病にかかって生死をさまよい、顔にひどくただれた痕が残ったためだ。

 ミナの父である先王の弟であり、ティルトより位は上だ。王太子カーティスが他界した時に即位してもおかしくなったが、その頃はすでに病後で、それどころではなかったのだ。

 幼い頃からかわいがってくれたこの叔父の支えがなければ、ミナの王位継承はあり得なかった。


 アルフィー大公がティルト公爵の背中を見送っていると、女王ミナが扉から顔を出した。


「アルフィー大公、半獣族との戦の準備をしてちょうだい。時間がないわ。」

「承知いたしました。女王陛下、此度も総大将はティルト公爵に?」

「そうね。あなたはやってくれないのよね?」

「はい。私はあの病以来、思うように身体が動きませんので。」

「そうよね‥‥ルアもいないし、やっぱりティルトにしか頼めないわね。」


 ルアは、前公爵でティルトの姉だった。女性でありながら、政治にも軍事にも優れ、他者への感謝も決して忘れない人格者で、ミナにとっては最も信頼できる存在だった。

 この若き偉大な公爵が25歳で急死してから、2年が経つ。

 

「‥‥過去を懐かしんでもしょうがないわね。とにかく、準備を進めて。私たちが生き残り、民を守るために。」

「御意。」


 運命が動き出す。生と死を分ける、残酷な運命が。


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