一羽 十字路に建つ家
「白い羽根?綺麗‥‥」
彼女が白い羽根に触れようとすると、羽根はふわりと宙に浮いた。そしてうっすらと光り、先導するように彼女の前を進んでいった。彼女は少し戸惑いながら、
「こっちに行けばいいの?」
と薄紫色の髪をなびかせながら、羽根を追いかけて歩いた。
しばらくすると、羽根は突如止まって、消えた。驚いて辺りを見回すと、そこは十字路の真ん中で、目の前には小さな家が建っていた。
「あっ、綺麗な建物‥‥何のお店かしら?」
茶色い屋根と扉、青い壁。扉の上部には小さな窓があり、白と黒のステンドグラスがはまっている。建ったばかりのような美しい建物だった。彼女はどうしても気になってしまい、ドアノブに手をかけた。ゆっくりと扉を開くと、1人の男性が小さな木の椅子に座っていた。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました。」
執事のような姿だった。真っ黒なえんび服とズボン、グレーのベスト、黒の革靴。そして真っ白いシャツと手袋。整えられたこげ茶色の髪が目を引く。
内部は思ったよりも広かった。大きな本棚が並び、ぎっしりと本が詰まっている。少し奇妙に感じるのは、その大量の本の表紙の色が、白と黒の2色しかないことだった。
男性は椅子から立ち上がり、彼女にソファを勧めた。
「どうぞお座り下さい。雨が降って来たようですし、ゆっくり休んでいかれるといいでしょう。」
「ありがとうございます。ところで、ここは何ですか?図書館?」
彼女の質問に、男性はにっこりと微笑み、首を横に振りながら言った。
「図書館ですか‥‥確かに似ているかもしれませんが、少し違います。ここでは、書を読むのではなく、<語る>のです。ここは、『語り屋』です。」
「語り屋‥‥?」
「あなたのお名前は?」
「ベルです。でも、名前以外は何も思い出せません。舟に乗って川を渡って来たのですが、どこに行っていいのか分からなくなってしまって‥‥。白い羽根を追いかけて、ここまで来ました。羽根はどこかへ行ってしまったようですけれど。」
「ふふ‥‥まあ、深く考えないでおきましょう。世の中には、不思議なことがたくさんありますからね‥‥」
男性はそう言いながら本棚に近づき、白い背表紙の本を一冊手に取った。
「これは『語り書』と呼ばれるものです。きっと、ベルさんにぴったりのお話ですよ。」
「そうなのですか?ぜひ、お聞きしたいです。」
「それはよかった。」
男性がそう言うと、2人の前に白いカラスが現れた。カラスは男性の肩に止まり、彼がめくった『語り書』を覗き込む。
「可愛い鳥さんですね。」
「これは『語り鳥』。彼らは、人間の声で語ることができるのですよ。」
男性が微笑むと、鳥は口を開いた。心が落ち着くような、暖かく穏やかな声で、鳥が語り始めた。
「酷く雨が降っていた‥‥」
*
*
あの日は、本当に酷い雨だった。実の両親が殺され、私が他種族にさらわれた日。幼い頃だったから、よく覚えていないけれど。
「ベル様!」
あの日のことをぼんやり思い出していたけど、名前を呼ばれてハッと我に返った。大臣は少し苛立っているみたい。
「何?」
「軍議が始まります。大広間にお越しください。」
「ああ‥‥そっか。分かった、すぐ行くよ。」
私は大臣につれられて大広間へ行き、玉座に座った。自分が女王だなんて、未だに信じられない。
「何故リュウ様はベル殿を王位に‥‥?彼女は人間。しかも‥‥」
「そう、そこが問題なのだ。まあベル様が覚えておられないのが幸いだが。王位継承は先王リュウ様の遺言だ。仕方あるまい。」
「しかし此度の戦は不安で仕方ない。」
臣下の者たちが不安げに話し合っている。きっと私が彼らと違う種族だということが気にくわないのだろう。そう‥‥私は人間。でも、彼らは人間じゃない。彼らは‥‥『半獣族』。私が彼らの正体に気づいたのは、10歳の時だった。
「あれ?お父様‥‥どこ?」
私は、いつも隣のベッドで寝ている父を探して外に出てしまった。“夜は部屋の外に出てはいけない”、という父の言いつけを破って。
城の中を歩き続けて、私はテラスに立つ父を見つけた。いや、父ではない“獣”のような何かを見た。そこで私が見たのは、真っ黒な鱗に覆われ、銀の爪を輝かせた、狼にもドラゴンにも見えるような姿をした、恐ろしい父だった。
そして、私は知ったのだ。父と王国の住人たちは、昼は人間、夜は獣と化す『半獣族』だという事を。