074 不自然な依頼
改めて街に近づくと、機獣の残骸を片づける人々の姿が目に映った。
非殺傷設定の下、オネットからの指示を受けて街を襲撃していたあれらだが、巨大機獣ティアマトごと彼女が吹き飛ばされた段階で既に動きをとめていたらしい。
作戦失敗と判断したオネットが、機能停止命令を送っていたのだ。
設定通り、街の住人に死者が出た様子はない。
さすがに乱戦の様相を呈していたため、怪我人は少なからずいたようだが……。
「端末上の情報でも命に別条がある者はないようです」
あの襲撃の規模の大きさに反して、実際の被害は極めて軽微だった。
オネット達の目的を考えれば当然の結果だが、事実として確認できて安堵する。
「建物も、別に問題なさそうね」
城壁のところで装甲車を返却し、端末を介して身元確認を受けた後。
街の中に入ってザッと辺りを見回したドリィが言う。
小市民のマグとしては、そちらよりもまず城壁をすんなり通り抜けることができるかの方が心配で酷く緊張したが、特に怪しまれるようなことはなかった。
心拍数などのデータもオネットが常時改竄してくれているらしいので、後は何とか外面を取り繕うことができれば問題はないはずだ。
一方、ガイノイドであるアテラ達はと言うと完璧なポーカーフェイス。
機械であるだけに、重要度の高い、特に所有者の生死に関わりかねない部分についての意識の切り替えと感情の制御は万全なのだろう。
高度なAIだからか稀に謎のおっちょこちょいを発揮することもあるが、それはあくまでも日常の範疇での個性の発露に過ぎないのだ。
……それはともかくとして。
「まずASHギルドで報告だな。それからクリルさんのところに行こう」
「はい。旦那様」
普段通りの態度で追従するアテラに一つ頷き、心を落ち着けてから歩き出す。
しばらくすると、もはや見慣れたファンタジー風の建物が見えてきた。
見た感じは平常運転そのもの。冒険者や探索者、狩猟者を防衛に動員したことで特別混雑しているということはないようだ。
そもそも。ASHギルドを一々訪れなければならない用事は、新人がシミュレーターで遺跡探索のチュートリアルを受けるのと、出土品の納品ぐらい。
加えて、今回の機獣の残骸は別の場所での回収となっている。
ASHギルドが混む道理はない。
「それにしても、災難でしたね。いくら首謀者を討つためとは言え、あの巨大な機獣を破壊し尽くす程の威力の攻撃に晒されるなんて」
迷宮遺跡探索の成果を収めた後。
オネットがいい具合に顛末を纏めて提出した電子報告書を読んでいたらしいトリアが、同情するような視線と共に告げる。
異世界と見紛うこの未来でも、さすがにあれは無茶な作戦だったらしい。
「まあ、そこはこの子の力を信頼してのことでしょうから」
対してマグはそう言葉を返しながら、フィアの青みがかった人工頭髪を撫でた。
彼女はくすぐったそうに少し身をよじり、幼い子供のように体を押しつけてくる。
そんなフィアの姿にトリアは和んだように表情を緩めた。
今のところ、ここでの応対に不審なところはない。
メタからの呼び出しもないところを見るに、不信感は抱かれてはいないようだ。
「この襲撃の全容って、まだ分かってないんですよね?」
「ええ。調査はこれからです。必要に応じて情報が開示されるでしょう」
マグの問いに、暗に不要ならば開示されないと答えるトリア。
当然のことながら、たとえ今回の件について情報が開示されることがあったとしても、メタ達に都合がいいように改竄されたものに過ぎないだろう。
情報の領域でも既に戦いは起こっているのだ。
オネット共々、あわよくばキリの情報を得られないものかと淡い期待を抱いていたが、やはりそれは叶わないと諦めるしかなさそうだ。
「それよりマグさん。貴方に指名の依頼が来ております」
「……え? 指名依頼、ですか?」
普通の感じで切り出したトリアに虚をつかれ、一瞬遅れて警戒と共に聞き返す。
まだオネットは偽の依頼を出していないはずだが……。
「はい。共生の街・自然都市ティフィカの管理者タリア様より、かの街の近郊で発見された迷宮遺跡の攻略要請です。それを受けたメタ様がマグさんに、と」
「共生の街・自然都市ティフィカ……?」
内容はいつもの迷宮遺跡探索のようだが、どうやら別の街に向かう依頼らしい。
余りにタイミングがよ過ぎる。
罠の可能性を疑わざるを得ない。
端末ではなくトリアを介して、というのも不自然と言えなくもない。
しかし、だからと言って。ここで拒否する選択肢を取ることは不可能に近い。
疑われるような行動は極力避けなければならない以上は。
「……分かりました。期限はあるんですか?」
「可能な限り早く、とのことです。すぐにでも出立して下さい」
随分と急だし、日程も曖昧なことだ。
尚のこと怪しく感じる。
嘘偽りない依頼だったとしても、余程の特殊な事情があるようにしか思えない。
いずれにしても、慎重に行動するべきだろう。
そう意識を引き締めるが、まずは街での用を済ませてからだ。
「では、クリルさんに挨拶した後、すぐに向かいます」
「承知いたしました。そのようにお伝えしておきます」
穏やかな口調で応じたトリアに頷く。
それからマグ達は彼女に別れを告げ、クリルの店へと向かった。




