110 奪還するために
「……これ以上ここに留まっていても仕方がないデス。とにもかくにも、まずはアテラ母様とフィアを修復するデスよ」
キリの体を操って襲撃してきたメタがマグと共に姿を消した後。
静けさの中でオネットが苦虫を嚙み潰したような顔と共に切り出した。
「…………はあ」
対してドリィは目を瞑り、一度深く息を吐いてから改めて口を開いた。
「そうね。とりあえず向学の街・学園都市メイアに向かえばいいかしら」
低く抑揚を抑えた声は、自分に言い聞かせているかのようだ。
いずれにしても二人を修復するには、設備が整っている場所に行く必要がある。
触れるだけで復元することができるマグは、連れ去られてしまったのだから。
そして、機人の修復を行うことができる最寄りの街はそこ以外にない。
そう考えたが故のドリィの言葉だったが、それに対してククラは首を小さく横に振りながら異なる意見を口にした。
「それよりも僕がいたあの迷宮遺跡に行った方がいい。色々設備が整ってるから」
彼女の表情は相も変わらず乏しいまま。
しかし、拳を固く固く握り締めて震わせている。
胸の内に渦巻く激情を必死に抑え込もうとしているかのようだ。
刷り込みの如く、マグのことをパパと呼び慕っていたククラ。
その対象を奪われた怒りは、既にドリィ達のそれに匹敵しているかもしれない。
「ママとフィだけじゃなく、リィも」
「え? アタシも? アタシは別に壊れてないわよ?」
「受容の判断軸・理解の断片を用いて、それぞれの力に見合った最新の機体に改造する。ククラはそう言いたいのデスよ」
「ネーの言う通り」
補足を加えたオネットに、ククラは小さく頷きながら肯定する。
少なくともアテラとフィアは旧式と言ってしまっても過言ではない。
勿論、アテラとフィアとの間にも相当な技術的隔たりがあるものの、ククラや彼女が安置されていた迷宮遺跡の技術水準からすると微々たるものだ。
オネットやドリィであっても、改良の余地を多分に含む性能に過ぎない。
「……そういうことだったら、是が非でもお願いしたいわ。もっと強かったら、なんてことを思わなくても済むぐらいに」
ドリィは開いた自分の掌を見詰めながら告げる。
実のところキリの体を使って襲ってきたメタと対峙した時、オネットとククラの力でカタログスペックを大幅に超えるパフォーマンスを発揮できる状態にあった。
にもかかわらず、マグを人質に取られて何もできなかった。
足りない。この性能では根本的に足りないのだ。
ならば、機械の体たる身。より優れた技術で作り直すしかない。
そう考えつつも。
「けど、もう三日もないわよ? 間に合うの? 特に移動手段が……」
自身の力で細切れになったままの装甲車に目をやりながら告げるドリィ。
期限が切られている以上、時間は限られる。
物理的な制約は考えなければならない。
「移動手段はある」
対してククラはそう簡潔に答え、一度オネットを見てから倒れ伏すアテラに、より正確には彼女のスカートのタングステン板を見た。
その視線を受け、オネットがククラの意図を理解して説明を引き継ぐ。
「アテラ母様の【フロートバルク】を私が制御して、この板に乗って行くデスよ」
「……それでも、あの迷宮遺跡に行って体を改造するまでの時間はなさそうよ?」
【フロートバルク】で操った物体の速度から試算し、ドリィが問い気味に言う。
そこまでの猶予をあのメタが許してくれるはずもない。
秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアにギリギリ辿り着くことができるかどうかという程度の時間を、彼女は通告したのだろう。
「大丈夫。間に合う。間に合わせる」
しかし、ククラは当たり前の事実を告げるように言った。
「それは私も保証するデスよ」
続けてオネットもまた首を縦に振りながら肯定した。
「……そこまで言うのなら、信じるわ。貴方達を」
「ありがとう」
ドリィの言葉に極々僅かに頬を緩ませるククラ。
その彼女はすぐさま表情を引き締めると、秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアがある方向を睨みつけて口を開いた。
「僕の超越現象。そして受容の判断軸・理解の断片。その神髄をメタに知らしめてやる。パパを奪ったこと。後悔させる。絶対に」




