108 拉致
「キリは、どうなったデスか?」
「私は別に彼女に恨みがある訳ではないからね。ネットワークから切り離した古いコンピューターに人格だけ移してあるよ。体はこうして使わせて貰ってるけどね」
オネットの問いかけに対し、嘲笑うでもなく淡々とした口調で答えるメタ。
何一つとして悪いことなどしていないと言わんばかりだ。
その彼女。背後から拘束されたマグには見えないが、オネットが秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアを襲撃した際の協力者だったキリと同じ姿をしているようだ。
いや、恐らくは単に外見だけが同じ訳ではなく……。
「排斥の判断軸・隠形の断片の力で隠れ、私達の後を追っていたのデスね」
アテラの【エコーロケイト】でも存在を感知できなかったのは、本来キリが有していた超越現象によって隠蔽されていたからだったらしい。
つまるところ、いつからそうだったのかは分からないが、彼女はマグ達のすぐ傍にいて動向を監視していたのだろう。
今更ながら、その事実に思い至って戦慄してしまう。
自分達の対策は小細工にしかなっていなかったのか、と。
同じ思いを抱いたのか、オネットとドリィも歯噛みするように顔を歪めている。
「それより、パパを離して」
そんな中、ククラが余り表情の変化がない幼い顔で精一杯睨みつけて言った。
合わせて、威嚇するようにレーザービームライトの射出口がマグの方に向く。
「おっと、余計な動きはしない方がいい。要求をするのはこちらだ」
「くっ」
対してメタは怯んだりすることもなく、マグを締め上げる力を強めながら首筋に突きつけていた刃をより一層喉に近づけた。
「この短刀は伊達じゃない。オネットは知っているはずだよね?」
「……破壊の判断軸・切除の断片を持つ先史兵装【ヴァイブレートエッジ】。キリが使っていた武器デスね」
「その通り。だから、【エクソスケルトン】の装甲ぐらい豆腐のように切れるよ。人間の肉体なら……尚更のことだね」
メタは、そう言いながら刃でマグを守る装甲を一撫でした。
何の抵抗もなく表面につけられた一筋の傷が彼女の言葉を証明する。
「何が望み?」
「無論、君さ。理解の断片を持つ機人。その力さえあれば、時空間転移システムの完全制御も夢じゃなくなる」
「停止だけならいざ知らず、完全制御には失われた技術が必要になる場合もある」
「そこは気長に待つさ。何せ私達はガイノイドだからね」
時空間転移システムの暴走をとめた後。
制御に必要な技術を再構築し、別の宇宙の支配に乗り出すつもりなのだろう。
たとえどれだけ時間がかかろうとも。
「…………従うから、パパを解放して」
オネットから聞いてメタの目的や一連の経緯は既に知っているククラだが、それでもマグを優先するように告げる。
ドリィやオネットも苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、その判断に異を唱える気はないようだ。
「それは助かる。と言いたいところだけど、ここで身柄を交換するのはリスクが大き過ぎるからね。諸共に撃たれでもしたらたまらない」
ククラの要求にそう答えたメタは、マグを拘束したまま距離を取り始めた。
それを見て、ドリィとオネットは更に忌々しげに眉間にしわを寄せる。
実際に、ククラごと撃つことも視野に入れていたようだ。
たとえ姿を隠せたとしても、実体があり、瞬間移動している訳でもない。
ならば、レーザーを薙げば命中させることは十分可能だ。
……もっとも、人質がマグの場合は、まず間違いなく命を落とすだろうが。
「最初から、マグ父様を盾にするつもりだったデスか」
「まあね。ククラを狙えば捕らえることはできただろうけど、君達がいるからね」
シールドを引き裂いてフィアを無力化するのは必須として……。
それよりも優先的にアテラを襲ったのは、彼女が持つ【アクセラレーター】が逃亡の邪魔になりかねないからか。
しかし、キリの体一つではそこまでの対処が限界だった様子。
となれば、諸共にレーザーで分断される可能性がある以上、ククラを捕まえるよりはマグを拘束して盾とした方がいい。
そうした判断の結果が今の状況、ということになるようだ。
「さて、と。そういう訳で彼は預からせて貰うよ。身柄の交換をしたければ、ククラを連れて秩序の街・多迷宮都市ラヴィリアまで来るといい」
随分と慎重だ。
単独で追跡していたことを見るに、隠形の効果対象は多く見積もっても、自分自身とこうして締めつけるぐらいにくっついた一人が限度なのだろう。
マグの命を盾にこの場でククラをつれていくことは不可能ではないが、二人を引き連れていくとなると意識が分散してしまう。
人間に比べれば、その程度のことは問題にならないぐらい些細な負荷に違いないが、同じ機人相手には致命的な隙になりかねない。
ドリィの攻撃を防ぐ術がない以上、マグを人質に自分から己のテリトリーに来て貰った方が安全で効率的だ。万全の体制で迎え撃つことができる。
「パパ……」
「ククラ、一先ず俺のことはいい。アテラとフィアを頼む」
首筋の刃物を意識して声を若干震わせながら言う。
無残なアテラとフィアの姿に腸が煮えくり返りそうだが、喚き散らさずに済んでいるのは命の危険に晒されている恐怖と、二人が人ならざる者であるおかげだ。
見た感じ電子頭脳に損傷は見られない。
復元の力を使わずとも修復は不可能ではないはず。
そうした考えを読み取ってか、ククラは小さく頷く。
「うん。懸命だね。じゃあ、私達は行かせて貰うよ。念のために言っておくけど追いかけてこようなんて考えないようにね」
そのやり取りを見て満足そうな声で告げるメタ。
彼女はマグを締め上げるように捕まえたまま後退を始め、しかし、思い出したように立ち止まって再び口を開いた。
「ああ、そうそう。期限を切っておこう。今から七十二時間後までに来ないと、彼の精神の無事は保証しない。命を取るつもりはないけどね」
直後、ドリィ達は眼前の存在を見失かったかのように視線を動かす。
メタがキリの力を使用したようだ。
そうして、マグは拘束されたままアテラ達と引き離されてしまったのだった。




