107 見えない攻撃
どうやら真横から強い力が加えられたらしい。
地面を滑るように弾き飛ばされた装甲車は、その勢いと摩擦によって片側のタイヤが浮かび上がり、そのまま横回転するように転がり始めた。
頑丈な車体と頑強なシートベルト、そして【エクソスケルトン】のおかげで何とか事態を把握できているが、そうでなければ意識を失っていたことだろう。
「ドリィ!」
そんな中、アテラが緊迫感を滲ませた鋭い声で呼びかけた。
「分かったわ!」
直後、彼女の意図を理解したドリィはマグ達を的確に避けるようにしながら光線を四方八方に放ち、装甲車を一瞬にして細切れにした。
当然それに伴って全員、車から投げ出されてしまう。
しかし、同時にフィアがシールドを張って装甲車の破片を押し退け、更にアテラが【アクセラレーター】を使用して姿を消した。
気づくと、マグは彼女がスカートから分離して空間に配置したタングステンの板に着地できるよう体勢が整えられていた。
即座に己の状態を理解し、うまく速度を減じて地面に降り立つ。
他の皆も同じようにして無事なようだ。
それを確認してから周囲を見回し、状況を把握しようとする。
「何が起こったんだ?」
「分かりません。しかし、人為的なものであることは間違いないかと」
マグの問いかけに対するアテラの返答に心の中で同意する。
あのようなことが自然に生じるはずもなし、彼女の言葉は正しいだろう。
しかし、それならば――。
「つまるところ襲撃デス?」
シールドの中で警戒するように視線を動かすオネット。
マグもまた同様に身構えながら辺りを見た。
だが、敵の姿はどこにもない。
地面に残っている不自然な跡の先。走行中の装甲車が突然吹っ飛ばされた地点の近くにも、それらしい存在は見当たらない。
一体何が装甲車を吹っ飛ばしたのかも全く分からない。
「アテラ」
「…………エコーロケイトの反応は、ありません」
「じゃあ、襲撃じゃない、のか?」
「いえ、そんなはずは……」
戸惑いながら呟いたマグに、首を傾げつつ答えるアテラ。
余りにも何もなさ過ぎて、本当は装甲車の方の不具合だったのではないかという考えすら頭をよぎってしまう。
しばらくの間、それ以上の異変もなく時間ばかりが過ぎていくから尚のことだ。
十数分、ただ無言の時間だけが続く。
「襲撃だったとしても、追撃はないみたいだな」
経過した時間からそう判断する。
緊張を保ち続けるのも人間であるマグには難しく、強張った体から力を抜いた。
「うーん……」
フィアは一人、シールドを維持しながら納得いかないような顔をしている。
だが、残りの皆はマグと歩調を合わせるように警戒を緩めた。
いや、これからどうするかの方に意識の優先度を上げたとでも言うべきか。
「……装甲車、壊しちゃったわ」
「あの状況では仕方がないデスよ」
「追撃に備える必要があった」
先走ったかと落ち込むドリィに、オネットとククラがフォローを入れる。
「そうですよ、ドリィ。装甲車がなくても【フロートバルク】で操った装甲を使って飛んでいけば、移動速度はある程度保てます。問題ありません」
「【コンプレッシブキャリアー】に破片を入れていけば、修理もできるはずデス」
続けて二人に言われ、ドリィは安堵したように表情を和らげた。
ほんの僅かに全体の空気も弛緩する。
…………恐らく、そうなるまでタイミングを計っていたのだろう。
「え?」
突然、フィアのシールドが切り裂かれた。
かと思えば、アテラの頭部の【アクセラレーター】が弾け飛び、同時に彼女の首が切り落とされたように転がり落ちる。
遅れて四肢も分断され、アテラはその場に倒れて動かなくなってしまった。
「なっ!?」
「おかー様!?」
悲鳴のような声を上げながら、フィアが咄嗟に胸のジェネレーターを再度回転させてシールドを張ろうとする。
しかし、それよりも早くジェネレーターが見えない何かによって切り裂かれ、光の膜は発生することなく機能を失ってしまった。
「ネー!」
「任せるデス!! ククラ!!」
その間にオネットが体からコードを伸ばし、ククラやドリィと接続する。
直後、ドリィが全方位にレーザービームライトを照射した。
その輝きはいつにも増して強く、空間の隙間を潰すように射出口が機敏に動く。
これは、オネットとククラの力の影響によるものか。
「おっと」
無数の光の筋が視界を埋め尽くす中、どこか聞き覚えのある声が耳に届く。
「これは参ったね」
それは続けてマグの背後から聞こえてきた。
振り返ろうとした瞬間、腕を捻り上げられて首筋に刃物を突きつけられる。
「キ、キリ!?」
マグの背後に現れた存在を見て、オネットが驚愕したように叫ぶ。
しかし、彼女は即座に首を横に振り、敵意と共に再び口を開いた。
「いや、違うデスね。一体誰デスか!?」
「おや、分からないかな?」
その声、その口調。今のマグ達を襲う動機がある者。
思い当たる存在は一人しかいない。
「メタ……キリの体を遠隔操作してるデスか」
当然、オネットもまた同じ結論に至り、そう忌々しげに問いかけた。




