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第7話


 目眩の連続だな、とボリスは思った。

 ラキムが先に待っていたダイニングはボリスにあてがわれたリビングとほぼ同じ広さだった。ただ、そこに大きな円卓がひとつ置かれているせいで、やや狭く感じる。

 ラキムが上座に、ボリスとジャバルが向き合う形で席に着いた。そして運ばれてきた料理に目を丸くしてしまったのだ。


 鮮やかな料理だった。

 皿の上で花が咲いていると思えるほどに色とりどりで、形も洗練されている。よくよく見なくとも、ボリスが口にしたことのない高級食材がふんだんに使われているではないか。果物まである。足の早い果物を、ボリスは今まで食べさせてもらったことがなかった。すべて家族止まりだった。

 この、明るくて小さな実は、まさか苺ではなかろうか。

 そんな馬鹿な。この一粒で中古本が2冊は買える価値があるのに。


「慣れるぞ」


 と、声を掛けてくれたのは正面に座るジャバルだ。どうやらボリスの思考を読み取ってくれたらしい。ボリスはジャバルと咲き乱れる花々を見比べた。


「なにに慣れるんだ?」


 とは、ラキムの疑問。

 ボリスの代わりにジャバルが答えてくれた。


「格差って奴だよ」

「格差……?」


 どこにそんなものがある?

 とでも言いたげな顔だったけれど、これまで散々ジャバルとのやり取りがあったのだろう。格差を束の間、探してみて、見つからないとなると肩を竦めてカトラリーを手に取った。


「ボリスも好きなものから食べたまえ。会食でもないから、マナーは気にせず、楽にするといい」


 そう言われても、不愉快な思いをさせたら恥どころの話ではない。ボリスはちらちらとラキムやジャバルの食べ方を盗み見て、真似た。とはいえ、ジャバルは本当にスプーン一本だけですべての皿を空にしていくので、なかなか当てにならなかった。ただ、肩の荷は幾分か降りた。ボリスも、やや大きめの一口で苺を頬張る。


「それにしても、制服を見るとまだ授業が残っている気がするな」


 ラキムの呟きに、ボリスは自分がまだ制服であることを思い出した。慌ててカトラリーを置いて頭を下げる。

 いや、下げようとした。


「あーやーまーるーなー!」


 怨念のように正面から睨まれて、ボリスは固まってしまった。

 えーと、ではどうすればいいのかしらと考える。ジャバルはじと目で見つめてくるし、そう見られてしまうと早く答えを出さなくてはと焦って考えがまとまらない。


「そうではないんだよ、ボリス。なにか服を用意してやらないと、と思っただけだ」


 ラキムが割って入ってくれたので、ほっとする。そうか、怒っていたわけではないのか。よかった。再びカトラリーを持ちつつ、ジャバルを窺い見ると「うむ」と満足げに頷かれた。謝罪を踏み留まった賛辞だろうか。


「ボリスは何色を好む?」

「えっ、い、色ですか」

「そう。せっかく用意するなら、好む色がいいだろう」

「よ、用意してもらうだなんて、おこがまし──」

「ボーリースー」


 再びジャバルから怨念を注がれる。つまり、拒否してはならないということなのだろう。目上の人からの申し出は断ってはならないというマナーでもあるのかもしれない。ボリスは不本意ながら、自分が好きな色を考えた。


 青は鮮やかすぎて似合わないし、ピンクや白、黄色も華やかすぎて似合わないし、赤なんて目立つ。


 濃い緑はどうだろうか。

 いえいえ、そういった色合いのワンピースを着ていて、通り掛かりの人に腐った湖みたいと言われた経験があるから辞めておこう。


 では黒かしら。いえいえ制服と同じ色だもの。面白くないと怒られてしまう。


 では茶色かしら。いえいえ枯れ枝が歩いていると言われたことが──。


 結局決められなくて、ボリスはラキムを見た。ラキムの微笑みのなんと優しげなことか。

 ボリスの返事をじっくりと待つその姿は、安易な返答をよしとしない雰囲気があった。


「で、殿下が、着せたいと思う色を」


 尻すぼみになりながら言う。

 それ以外に答えがわからなかった。ラキムの厚意を無下にしてもよくないし、自分でも色なんてわからないから、ならばラキムが納得してくれる色を頼んだほうが間違いがない。

 けれど、あまりにも他力本願すぎるだろうかと窺い見ると、ラキムは僅かに目を見開いていた。


 そしてなにかを想像するように宙へ視線を向ける。


「なるほど。ならば全色だな」

「……へっ……?」


 間の抜けた声が出てしまった。

 正面ではジャバルが天を仰いでいる。


「想像では何色でも似合う。しかし実際に見るのとでは相違があるだろうから。この世にある全ての色の服を取り寄せよう」

「……はっ……?」

「スカートのシルエットも豊富にあるから、全種類作らせなければならない。明日早速採寸を──」

「紺! 紺が好きです、紺!」


 慌てて取り繕ったけれど、時既に遅し。

 ラキムがぱちんと指を鳴らすと、たちどころに執事らしき好々爺が歩み寄ってきた。


「明日、この時間に仕立て屋を呼んでおいてくれ。女性の職人を頼む」

「畏まりました。生地も持参させますか?」

「それがいい」

「宝石や帽子、手袋などの装飾品はいかがなさいましょう」

「専門家を」

「仰せのままに」


 待ってくれ、と言いたかったが、好々爺は颯爽といなくなってしまう。しかも去り際に、任せておけ、とでも言いたげなウインクまで贈ってくれた。


 なんということだ。

 この世の、すべての色……?


 浮かせた腰を椅子に沈ませると、ジャバルが引きつった顔で笑っていた。


「諦めろ。権力者のお気に入りになるっていうのは、こういうことだ」


 当の本人である王子は優雅に食事を再開している。

 ボリスは、いったい何度の目眩を経験するのか皆目見当もつかなかった。

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