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第24話


 ユレンは見境がない。

 誰であろうと軍に誘惑する。薦めるのではなく、文字通り誘惑するのだ。

 その実、ラキムさえ王子兼軍人にと巻き込もうとしたのだけれどさすがに国王に止められ、成し遂げられなかった。だがラキムが知る限り、ラキム以外にユレンが目を付けた人材が軍への入隊を拒否できたことはなかった。言い包められ、いつも入隊してしまう。誘惑に負ける。そのくらい、ユレンが言うことに説得力があるのだ。厄介な男である。

 今ここで断ち切っておかねば、純粋なボリスが騙されてしまう。


「ボリスは入隊しない」


 ラキムが言うと、ユレンは目を見開いてみせた。心から驚いているのではなく、ラキムを苛つかせるための演技のひとつだ。効果はあった。ユレンはわざと緩い口調で食い下がった。


「おやおや、それは宝の持ち腐れというものではないか。これだけ力のある人が一国の王子の妃に収まるだなんて。ましてや第3王子ときてる。王にはなり得ない王子の妻だなんて、実に勿体ない」

「それはラキムへの侮辱になりますよ」


 と、諌めたのはジャバルだ。ユレンもさすがに言い過ぎた自覚があるのか肩を竦めてみせる。妙に大袈裟で鼻につく。

 ラキムは長い嘆息をついた。吐き出しても苛つきが静まっただけで減ったわけではなかったが。

 ボリスはラキムやジャバル、フリオ、ユレンをきょろきょろと見比べて事態の把握に努めているらしい。フリオがこそこそとボリスに耳打ちした。


「妃? なに、ボリスってマジで王子と結婚すんの?」

「あ、あの、な、なんだか、そんなふうに」

「は? 自分の意思じゃなくて、また流されたの?」

「そ、その」

「あのさぁ。その流される性格直したほうがいいよ。王子と一般人が結婚するなんて、どれほど大変なことか──いや、ちょっと待てよ。うん、そうか。そうか、そうか。結婚したほうがいいよ。うん。絶対に結婚したほうがいい、間違いない。俺、マジで応援するから」

「え、あ、は、はい」


 またフリオがなにかを企んでいるらしい。流される性格を直せと言う割には流そうとしているし、一体どんな思惑を抱いたのだか。またボリスを傷付ける結果にならなければいいのだが。もし、そうなった暁にはこちらも行動に出る。

 しかしそのことだけを気にしてもいられず、ラキムは四面楚歌状態に辟易とした。


 そこで、ぐ、とユレンが腰を落としたことに気が付いた。

 まさか。

 ラキムは勘づく。


「どれどれ、お姫様はなかなか自分の力を信じられないときてるから、()()みよう」


 え──。


 とボリスが驚嘆さえあげる(いとま)さえなかった。

 ラキムがユレンの思惑に気が付いて止めようと腕を伸ばしたが、さすが一国の軍を束ねる総隊長だけはある。ユレンのほうが髪一本ぶん早かった。ユレンの長い髪がラキムの指先を掠めていく。

 はっと視線をボリスのほうへ向けたときには、既にボリスの腹をユレンの腕が貫通していた。


 過去の感情を見る、高等黒魔法。


 刃のごとくボリスの腹を貫いたユレンの腕は、実際にはボリスの体には傷ひとつつけていない。ただ、心を見ている。これまでのボリスの記憶と心を。


 それはたったの一瞬だった。

 腕を伸ばして、止めて、引き戻す。

 ずるりとボリスの腹から腕を引き抜くとユレンはごまをするみたいに自分の手を握った。


「なるほど、君もまた地獄を生きてきたらしい」


 ユレンが言うと、ボリスは尻餅をついた。黒魔法の衝撃に心身が耐えられなかったようだ。ああ、この俺が傍にいながら!

 そんなボリスを見ていられなくて、ラキムは膝をついてボリスを支える。なんてことをするのだ、この男は。耐え難い憤怒を覚えた。歯軋りをして、ユレンを睨みつける。


 ユレンは同情するような顔でボリスを見下ろしている。

 そして言った。




「君が魔法を使えたのは、死にたかったからか」




 その一言に(いか)りが失せた。


 死にたい──?


 ボリスは、そんなことを思っていたのか。それとも入隊させたいという思いからのユレンの出任せか。

 ボリスを見ると、ボリス自身も驚いているように見えた。

 ユレンは続けた。


「ここで学ぶより前に姫が魔法を使えたのは、死にたいと望む強い心が魔力に反応したからのようである。可哀想に。なぜ、人は死を望むのか。死の先になにも無いというのに。()のほうが楽だとでも? ならばこのユレンが生きる意味を教えてみせよう。


 『死にたい』は『変わりたい』と同意義だ。


 姫は今の自分を変えたい。臆病で、自信がなくて、弱虫で、誰にでも謝って、嫌なことを嫌と言えないクズだ。そうではないのかい?」

「いくら総隊長であろうともその発言は許されないぞ。今すぐ立ち去れ。行こう、ボリス」


 これ以上のユレンの言葉は毒になる。ラキムはボリスを立たせてやった。フリオが支えるのを手伝ってくれる。ジャバルは、その場に立っていた。どうやらラキムがユレンに飛び掛からんとするのではと構えているらしい。さすが、専属の護衛である。攻撃から守るだけでなく、総隊長に対して一国の王子が攻撃を仕掛けないよう立場も守ろうとしてくれる。



「今の姫にラキム王子の隣に立つ資格があると思うのかい?」



 歩き出そうとしたのに、ボリスが足を止めた。資格、と誰にも聞こえないような声で復唱している。

 まずい、と思った。

 ボリスが取り込まれてしまう。


「今の姫では王子との婚約を発表したところで非難轟々。なにもできやしない貧民が王子に取り入った。祝福されないどころか、王子の評判は見る目がないとしてガタ落ちだ。それこそ、娼婦だよ」

「黙れ、ユレン総隊長」

「黙る必要などないと判断する。だから姫、実力をつけよう。ひらひらのドレスでお茶を飲むのではなく、軍で結果を残し、彼女こそ王子に相応しいと国民の意識を得るのだ。力こそすべてだ。


 共に国を守ろうぞ、姫。


 このユレン、必ずや姫を高みまで連れて行く。約束する」

「黙れと言っている」


 ラキムはボリスをフリオに任せてユレンへ飛び掛かっていた。右手に雷撃の球を作り、左手で盾を作る。

 ユレンは一歩も動かなかった。

 代わりにジャバルが間に入ってラキムを止めた。


 がちん、と盾同士がぶつかる音がする。


「止めるなジャバル」

「やめとけって! 王子が学校で喧嘩はマズいだろ!」


 ぎりぎりと鍔迫り合いが続いた。互いに力が均衡しているから、傍からみれば静止しているように見えるだろう。だが、ふたりは全力だった。


「そこをどけ。ボリスを奪われてたまるか」

「わかってるけど、とにかく落ち着け! この人はそういう奴だろ! 総隊長相手はシャレになんねえって!」


 そんな問答をしていたときだった。



「……私にも、なにか出来るようになるのでしょうか……助けられるのではなく、助けてあげられる側に、なれるのでしょうか」



 ボリスが問うた。

 それはユレンへの言葉だった。


 ユレンの口が釣り上がり、妖しく笑ったのが見えた。

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