第11話
「もっと強い守護魔法を掛けなければ」
ラキムは大股で歩き進めた。
非常に不愉快だった。
守護魔法は発動するとその位置と、守護魔法により守られる人がなにをされたのかを教えてくれる。だからラキムはボリスがなにをされたのかを知っていた。
不愉快だ。非常に不愉快。
ボリスが強く拒絶できないのは一見して明らかだっただろうに、そこに漬け込んで触りまくるだなんて。
「これだから男という生き物は駄目なんだ! なんて下劣!」
吐き捨てても、怒りは少しも減りはしてくれない。
その怒りは、ボリスが育った環境にまで波及した。ボリスはいったいいつから、役立たずだと呪われ続けていたのだろうか。
あの魔力に気付かないほど、自分は無能だと信じきるだなんて。
詭弁でもなんでもなく、ボリスの魔力は1年生の中で頭ふたつぶんは抜きん出ている。それを自覚出来ないだなんて、よほどのことだ。いっそ、家族全員を罰してやりたい。
我が子を呪って育てるだなんて、正気の沙汰とは思えなかった。
もっと穏やかに育てて、支えてやっていれば、きっとボリスは目を見張るほどの実力者になっていたはずだ。
言葉は呪いだ。
──あなたは王子なのだから
自分が王子であると認識する前に呪われ続けたラキムには、言葉の威力というものがどれほどであるのかを痛いほど知っていた。
王子だから笑ってはいけない。
王子だから駆け回って遊んではいけない。
王子だから大きな声を出してはならない。
王子だから勉学で一番でなければならない。
王子だから、魔法も体術も優れていなければならない。
王子だから、マナーを網羅していて当然。
王子だから。王子だから。
ラキムが王子になる前に、王子にならざるを得なかった呪い。もちろん、周囲を妬んだ。もっと駆け回り、転んで膝を怪我して大笑いしたかった。そんなふうに遊び回る同級生を横目に、日々勉強、日々訓練に明け暮れる。
大人になった今でも、必ず護衛役のジャバルを伴っていなければ一歩も外を歩けない。──王子だから。
言葉の呪いは、いつか現実になってしまうのだ。
「まー、ボリスって可愛い顔してるからなあ。構いたくなるんだろうな」
隣を歩くジャバルが欠伸と一緒に呑気に言う。
ラキムは唸り、天を仰いだ。
「迂闊だった……。ボリスの可愛さを侮っていた。あんな奴らに触れさせてしまうだなんて、一生の不覚だ。可愛すぎるのが罪深い!」
「いや、お前、自分の発言やばいの気付いてるか?」
「あれだけの可憐さ、可愛さなのだから、学校中の男達が付け狙うのは予想に容易い。最強の守護魔法を掛けておくべきだった……。私は愚か者だ。護衛を雇うか……?」
「やめやめ。あのな、心配しすぎ。権力で物言わすな」
「あの可愛さレベルでは誘拐も有り得るな……。あらゆる事案を想定して防止策を講じておかなければならない。それにしても……可愛すぎる」
「もー、好きにしてくれ」
ジャバルの呆れがちな嘆息が聞こえてくるが、ラキムは構わなかった。自分が入学させた責任以上に、か弱くて可愛いボリスを守ってやりたい一心だった。
◇◆◇◆◇◆
「フリオとペアですか。……はい、理解しました」
午後の授業開始直後、ペアで並んで席に着くように指示があり、従うとワレリーは意外そうな顔をした。けれど、なにか経緯があってのことなのだろうと察してくれたらしく、深くは追及してこなかった。
「では互いに向き合って、相手の指先ほどの魔法と、掌ほどの大きさの魔法と、さらに両手で包めるくらいの大きさの魔法、それぞれ魔力を3段階に調節して発動させてみてください」
フリオはにこにこ顔でボリスに向き直った。
「よし、じゃあ右手を出して」
「はい」
右手を差し出すと、フリオは左手をそっと重ねた。
「俺、得意な魔法ってないんだよねえ。どうしようかな。困っちゃうよね、こういうとき」
にこにこ。
フリオはどうも発動させる魔法に迷っているらしい。やはり実力があるほうではないと、困るようだ。現に他の生徒達はきゃっきゃと軽く笑いながら色々な魔法を発動させてみせている。
「じゃあ、無難に風にしよう」
そう言って、むんっ、と小さな気合と共に力を込める気配があった。フリオがゆっくりと手をどけると、3つの団子がある。しかしよく見るとそれは薄い膜の中で風が渦巻く小さな台風で、ワレリーの指示どおりの大きさをそれぞれ成していた。
ボリスは素直に感動した。
「わ……! 一度に出来てしまうなんて、凄いです!」
「えへへ、ありがとう! ちょっと頑張っちゃった! さ、次はボリスの番だよ。交代しよう」
「は、はい!」
今度はボリスがフリオの手に手を乗せた。
ボリスは記憶を辿っていた。ラキムが魔力を流してくれていたときの感覚。体の中の奥の方を熱いものが流れていた、あの感覚。
瞑目して、流れに集中する。
掌から掌へ、ぐるりと体を巡ってくるイメージをした。ぐっと、魔法の大きさを想像して力を込めてみるけれど──
「なにも起きない……」
ボリスはがっくりと肩を落とした。初めから出来るとは思っていなかったけれど、こうまでなんの反応も起きないとなると落ち込む以外にどうしようも出来なかった。
フリオは呆れているだろうか。
「大丈夫! きっといつか上手くなるよ! ふたりで頑張ろ!」
しかし、フリオは笑ってくれた。取り繕ったような引き攣った笑顔ではなく、ボリスを鼓舞してくれる本物の笑顔だった。
ほっとした。
「ありがとうございます」
心から、フリオに助けてもらってよかったと思った。ひとりにならずに済んで、本当によかった。




