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第10話


 ばーん、と教室のドアを開けたのはラキムだ。いつもならばその豪快な役割はジャバルなのに、今回ばかりはラキムがそれをした。

 朝と同じく静まる教室。朝と異なるのは、教壇にラキムが立ったことだ。


「誤解があるようなので、ひとつ、言っておく。ボリスは私と同レベルの魔力を有している。術の発動はまだ不安定で、その魔力量を考慮すれば早急に力のコントロールを学ばせなくては身体(しんたい)、生命及び財産に危険が生じると判断した。だから入学させた。




 娼婦と言ったのは、どこのどいつだ?」




 ラキムが教室中を睨み回すと、生徒の視線がひとりに集まった。髪をポニーテールに結んだ快活そうな女子生徒だった。視線を一身に受け止めると、さっと青褪めている。


「はあ!? あたしのせいにする気!? 皆だって同じ気持ちだったでしょ!?」


 抗議するが、周囲は助けようとはしなかった。むしろ「あそこまで言う必要はなかったよな」だとか、「娼婦って言葉はねぇ」だとか「確かに試験を受けてないのは面白くないけど、特待生なんだから、さすがになにかしら理由があるんだろうしねえ」だとか、彼女を孤立させる言葉ばかりがひそひそとやり取りされる。

 彼女は顔面蒼白になって、瞠目した。


「警告は一度だけだ。この魔法学校は国営である。そして私はその国の王子だ。こんなことは言いたくないが、あらゆる権利を手にしているうえに学校の運営方針を決めるのは国王だ。今、私はボリスを特待生にした理由を説明した。今後、ボリスに対してそのような言動をした場合、集団行動の資質に欠けるとして退学してもらう。



 ──顔を覚えたぞ」


 と、視線だけで彼女に釘を刺すと、ラキムはボリスに向き直った。


「私が推薦したのだ。自信を持ちたまえ」


 返事に窮していると、どん、と背中を押された。ジャバルだった。振り返っても、ジャバルはわざと視線を逸らす。


「言ったはずだ。力の使い方を覚える必要があると。逃げずに学びなさい」

「は、はい……」


 ラキムに肩を抱かれて、席まで促される。そうして席に着くと、自分はここにいなければいけないのだと、なぜか強く感じた。ここで、学ばなければいけないのだと。

 その意志を、ラキムは読んだらしかった。

 なんの言葉も交わしていないのに、そうだ、とばかりに首肯する。


「はい、では授業に入ります」


 ぱんぱん、と拍手をするワレリーの一方でラキム達は教室をあとにした。

 ワレリーが普段と変わらず微笑み、教科書の説明を始めたからか、教室の緊張は解けたように見えた。


「あ、言い忘れましたが、僕、人を傷付けるような人間は誰であろうと落第させますので。そのくらいの権限はありますよ。──教師ですから」


 と、笑ってみせたワレリーの言葉により、再び教室がピリつく。

 ボリスは自分のせいでこんなことになってしまったと、またぐるぐると考え出しそうになって首を振った。


 私はラキム殿下の推薦。ラキム殿下の推薦、推薦推薦。ラキム殿下の、ラキム殿下の。

 学ばないと。


 ボリスは教科書を開いた。余計なことが頭に入ってこないように、ワレリーの授業に傾聴した。



◇◆◇◆◇◆



 午前中の授業が終わる頃には、ボリスの頭は難しい言葉と理論でパンクしそうだった。

 魔力量は個人差があって、少ない人は詠唱や道具で補う必要があって、魔法には個人の属性があって、それからそれから──教えてもらったばかりの知識が駆け回る。しかもこれは基礎中の基礎。周りの皆はとっくに知っている1+1みたいなものらしかった。

 これは夜も休日もずっと勉強しないと、皆に追い付けない。どれだけの勉強をすれば皆の足元に手が届くのか想像もつかなかった。


「それでは午後の授業ではペアになって頂きます。予めパートナーを決めておいてください」


 そう指示して、ワレリーも教室をあとにした。

 ペア。

 自分はまだ魔法を使えないし、ワレリーとペアで教えてもらうのだろうか。そのほうが嬉しい。生徒に迷惑を掛けたくない。ワレリーがどう考えているのかを聞こうと、ボリスは追うために立ち上がった。


 けれど、いきなり男子生徒が前に立ち塞がった。白髪に薄桃色の瞳をした中性的な人だ。骨格も男性にしては線が細いけれど、背が高いのでスタイルがいい。彼は後ろ手に組んで、にこにこと笑い掛けてくる。

 横を擦り抜けようとすると、さらに移動されて阻まれ、逆の方から抜けようとすると、また立ち阻まれる。


「俺、フリオ。フリオ・ジョヴァー。ペア、組もうよ」


 目をぱちくり。

 ボリスが言葉を理解すると、はっと口を手で抑えた。


 なんて優しい人!

 私が孤立すると知っていて、わざわざ声を掛けてくれたんだ!

 優しい!

 けど、優しいからこそ役立たずな私のペアなんかにしてはいけない。喉から手が出るほど求めていた言葉だけれど、断るほうが礼儀だろう。


「ご、ごめんなさい。私では足を引っ張るだけで──」

「とにかく、お腹空いたよね! ご飯食べながら話そう! さ、こっち、こっち!」


 半ば強引に手を引かれて向かった先は食堂だった。ビュッフェ形式のため、トレイに空の皿を乗せて、料理が並ぶカウンターの列の最後部につく。食堂は生徒でごった返していた。


「俺さ、今年の合格者のビリなんだ」

「そ、そうなのですね」


 先を行くフリオはどんどんと皿に料理を盛っていく。取り分け用のスプーンに山盛り掬って、どすん。ポテトサラダなんて、あまりの質量に皿が弾んだほどだった。ボリスは呆気にとられながら、料理が山になっていくフリオのトレイを見つめる。


「だからさ、一緒に魔法を覚えようよ! ビリの俺とやるなら、気も楽でしょ?」


 足手まといのレベルがレベルだけに、ボリスは頷けない。フリオはビリというけれど、入学しているということはかなりのエリートだ。力量の差は目も当てられないほどだろう。

 鬱々と考えつつ、ボリスも遠慮がちにレタスサラダを取った。あとはサンドイッチをふた切れ。そしてオレンジジュース。


「俺もさぁ、他の人とペア組むの気が引けるんだよね。他の人は自分より上じゃん? だから俺なんかが相手だと、怒らせちゃうかなぁとか苛つかせちゃうかなあ、とかグチャグチャ考えちゃって」


 ボリスは大いに共感した。まさしく、そのとおりだった。うんうん頷いてしまう。

 隅の方の席に向かい合わせで着く。


「だから一緒にやろ! ペアとかグループのときは絶対一緒! ね? いいでしょ?」


 そうかあ。

 この人も自分と同じ気持ちなのか。それなら自分より下である私と組めば気が楽だよなあ。わかる、その気持ち。

 ならば、断らなくてもいいか。


「私こそ、ありがたいです。どうぞ、よろしくお願いします」

「なら決まり! よかったぁ!」


 明るく笑うフリオに、ボリスはほっとした。

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