第35話 悪役登場
力の競り合いに勝ったイルガーが引きずりだしたものは、うようよと蠢く髪の塊だった。
「うえっ、これ、なんだよ、」
手に絡みついていた髪を必死に取り除いた、色も太さも長さもバラバラな髪が意思があるかのように蠢いている様は、恐怖と嫌悪感が混ざり合い、吐き気すら覚える程だ。
戦いにはひるまない虎人族でも生理的な嫌悪感はどうにもならない。
「髪の毛には魔力がこもりやすいのにゃ、血液、髪の毛、爪は本来、無暗に捨てると危ないのにゃよ。」
そう言いながら、蠢く塊に火魔法の魔石を放り投げ、魔力を込める。
ぼっと勢いよく燃え始めた髪は炎に焼かれのたうち回る人のシルエットのようだったが、しばらくして火力が衰えバチバチと燃えカスが音を立てている。
「俺は魔法は詳しくねーが、あの気色悪い塊と黒幕は何の関係があるんだ?」
イルガーの質問はサラッと無視して、
「イルガー殿、その燃えカスを足で踏んでほしいのにゃ、きっと魔石があるんだにゃ。」
気持ち悪いのを我慢して、燃えカスを力いっぱい踏み付けるとすぐに魔石が見つかった。
5センチほどの小さなものだが、黒い表面に、ドクン、ドクンといった脈動のようなものが感じられ、脈動が打たれると内側から赤黒く怪しげな光が見え隠れしている。
「見ただけで、スゲー、ヤバそうな奴じゃん。これ、どうすんの?」
「こうしますのにゃ。」
真っ白な香玉を取り出し、左右の肉球で挟み込むようにして魔力を込めると、徐々に大きくなっていく。
サイゾーの肉球、スゲーな、と自分の手のひらを見ても肉球は無い。獣人族であって、獣ではないのだ。そして、すごいのは肉球では無いのだが、魔力に関しては残念なイルガーなのでしょうがない。
大きくなった白い香玉で魔石を包み込むようにして、深く息を吐くサイゾーくん。
「出来ましたのにゃ。」
仕上がりに満足できたようで、しっぽがふりふりと揺れている。
魔石を包み込んだ香玉をフェルミーナの傍まで持ってくると、ペンダントが掛かっていた胸のあたりにそっと置き、優しく・・・肉球で押し込む!
何やってんだ、おい、
優しく、ヒビの一つも入らないように細心の注意を払って、フェルミーナの肉体に押し込む。
ぐ、ぐぐ、とゆっくり体に沈んでいく香玉。そして、最後の一押し。。。
「やり切りましたのにゃ。」ごしごしと額をこすりながら、目がキラキラしているのでさらに満足度は上がったようだ。
「さあ、屋敷に突入なのですにゃ、イルガー殿。屋敷にまともな人間がいてもぶっ倒れてますので、放っておくのにゃ。動いている人間には遠慮は無用なのにゃ。」
おいおい、何の説明も無く、突っ込めと?
「そして、ダイチ様のお義母様のフェルミーナ様は、イルガー殿の操り人なのにゃ、お好きに使って下さいなのにゃ。」
おい? 操り人って何だよ? え、この女、なんで立ち上がってんの? ・・・・ゾンビ?
ふらふらしてんだけど、
「さあ、男なら傾奇通すのにゃ、目指すは城門突破! 進むのにゃ!」
いやいや、いろいろおかしいから、なんか混ざってるし、まず城門ねえし・・・
「あっ、あとサイゾーは戦闘能力はほぼ無いのにゃ、」
なんだって??
「サイゾーの特技は情報収集なのにゃ! イルガーはここで漢をみせるのにゃ、」
「これより先、我らは修羅の道を進むのにゃ、向かってくる者は全て敵、我らの前に道は無く、我らの後に道があるのにゃ! えい、えい、おー!」
ちょ、まてや、お前、自分のこと戦力外宣言しただろ、おい、戦うの俺だけかよ?
「何を、グズグズしてるのにゃ、時間がかかりすぎるとフェルミーナは元に戻らなくなるにゃ、二時間過ぎると魔石の力のほうが強くなってアンデッドになるんだにゃん。」
「おま、そういう大事なことは早く言えよな。」
生きながら、やがてアンデッドって、半神半獣ではなく、もはや鬼畜か?
「いざ、出陣!」
ちょ、まてや、おーい、ダメだ・・・・オレも行くか・・・な?
走り出すイルガーに付き従うフェルミーナ、表情は虚ろだが、動作は問題ないらしい。
サイゾーくんが、先に門まで辿り着き、門を広く開け放ってくれたので、そのまま突っ込む。門から玄関までの数十メートルもあっという間に通過する。扉には鍵がかかっていたが、フェルミーナがカードをかざすと扉が開いた。
重厚感のある扉を両手で開くと、メイド長のエリナと執事のバーサックが廊下を歩いてくるところだった。
「奥様、お帰りなさいませ、余計なものまで連れて帰ってくるなんて、本当に無能なんですね。」
「誠に、エリナのいう通りですな、お客様のご予定はお教えいただかねば、おもてなしも出来ませぬ。」
唇の端を吊り上げ、ニタニタと二人して笑っている。
「おもてなしなんか、いんねーよ、今すぐ出て行くんなら、見逃してやるけど・・」
イルガーの話の途中で、ドンッと目の前に転がされたもの、両手、両足を縛られ痛めつけられたジェフリード、まだ乾ききらない血が全身についたままだ。
フェルミーナの視線が一瞬動いたが、表情は何も変わらない。
長年かけられていた従属の暗示は効力を失った。サイゾーは操り人と言っていたが、実際のところは自分の身を守ること、イルガー達の邪魔をしないこと、そして、目の届く場所にいること、の三つだけを命令された状態となっている。
そして、血塗れのジェドを見て心が痛んでも、自ら動くことは出来ない。
無言で立ち尽くし、ただ、見ているだけだ。血塗れのジェド、歪んだ顔で笑うエリナとバーサック、この騒ぎに駆けつけてこない使用人達。そして、カイルのために力を貸す者達。
ゆっくりと、少しづつ霧が晴れていくように、フェルミーナの心の枷が外れてゆく。
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1日1話、更新していく予定です。




