第六話 閻魔大王でも理解できない変人
「ハァ・・・・・・・」
目の前の病室に入ることが出来ずに十分が経過しようとしていた。
「どうしてあんなこと言っちゃったんだろう・・・」
あの少女(?)に会わなければいけないのだが、昨夜あれだけ悪意を剥き出しにしておきながら、何事もなかったかのように普通に会うのが恥ずかしい・・・・・・
協会、関東支部支部長の鈴城美鈴は至って普通で、馬鹿らしい理由で葛藤していた。
「ハァ・・・・・・・」
無駄だと頭では理解していても大きなため息をついてしまう。ときどきすれ違う看護師や医師が「こんなところでこの人なにやってるんだろう?」と考えているのが視線から感じ取れる。だが、周囲の視線がグサグサ刺さってくるのを耐えるよりも、目の前の扉を横にスライドさせる方がよっぽどハードルが高かった。
「あそこまで気持ち悪いと思える人間なんて、今まで見たこと無かったなあ・・・」
廊下の手すりに寄りかかりながら煩悶する。どんな生き方をしたらあんな人間が出来上がるんだ?あんな、人間らしい欲望とか感情のほとんどをごっそり抜いたような人間・・・・・・あれではまるで、人形である。
自分の意思では動けない、ゼンマイ仕掛けの人形。
自分で背中のゼンマイを回せない、哀れな人形だ。
「・・・・・・何で、感情がこれっぽっちもないのに大学なんて行って普通に生活することが出来たのかね?」
彼ほどでは無いにしろ、「自分というものを持っていない人間」には、鈴城も研究員時代に、心理学研究の一環で対面させてもらったことがあった。
しかし、いざ彼らに対面してみると、全員が全員、驚くほどに会話能力が欠けていて、実験なんてまともに行うことが出来なかった。
こちらが話を切り出しても、異なる話題を切り出されるし、何も答えてくれないものもいればすべての質問に「はい」としか答えない人・・・・・・なんと、目があった瞬間こちらを殺しにこようとした人もいた。
種類は違えど、彼らが何の精神治療を受けないまま普通の社会生活を送れるはずがないのは確かであった。
反面、鈴城から見れば彼らよりも人間性が著しく壊れている「例の彼」は意外なことに、表面上は会話も可能で協調性も低いわけでもなく、日常の動作もむしろ器量が良いと呼べるものであった。
「だからって、あんな『透明人間』と会話するのもなあ・・・」
まず恐怖を感じたのは彼を病室に送り、夕食を届けてあげたときのこと。夜も遅く、病院食を用意出来なかったため、数種類ずつパンとおにぎりを持って行ったのだが・・・
「なんで食事をしていてなにも感じないんだ・・・」
どんな人間にも食欲はある。個人によって食が細い太いはあるだろうが、その食事に「おいしい」か「おいしくない」どちらかを感じるのが人間という生き物だ。
鈴城には「おいしい」と言う感情は黄色に近い暖色系の色が見え、「おいしくない」という感情は紺色に近い寒色系の色が見える。拒食症の人も、食事に対して「食べたくない」という感情を持つから何かしらの色が見える。
しかし、あの化け物は透明だった。食事を「おいしい」とも「おいしくない」とも感じていなかった。おなかが減ったから食べるのでは無く、生きるために必要だからしょうがなく食べているようだった。
さらに言えば、家族や友人に荷物を送るよう頼まれたときも彼の感情は透明だった。理不尽への悲しみ、後悔、怒り・・・なにも感じていなかった。まるで事務作業をこなすかのように見えた・・・いや、実際そんな風に思っていたのだろう。
例えば・・・・・・このまま彼らに届けないのは、なんとなくもったいないから・・・・・・みたいに。
多分、『なんとなく』という、常人であれば絶対入れないはずの言葉が入っていることは間違いない。
あれだけ重要な頼み事に『なんとなく』なんて言葉は絶対に使ってはいけないと・・・鈴城は強く思う。
「嫌いな人はたくさんいたけど、本心を隠し切れないぐらい嫌いな人は初めてだなあ・・・」
苦々しく、自分が背にしている手摺りの横に取り付けられた窓の向こうに広がる、灰色の空にぼやいた。
鈴城美涼はいたって普通で真面目な人間だ。
他者からよくそう評価されるし、彼女自身そうであろうとしてきた。高校二年生になる頃には、子供っぽい理想を捨てて「平凡に暮らせればそれでいい」という信念を持ち、まあまあな給料の職に着くために普通に努力して普通の研究員になった。
授かった魔法も、『相手の感じている感情が色で認識出来る』という、どこにでもありそうな読心系の魔法。直接相手の心を読める魔法を持つ人だって存在するのだから、彼女の魔法の才能は普通と言うより中の下だった。優秀な能力だとは決して言えない。
しかし、普通の早さで精神が大人になり、現実をしっかりと直視出来た彼女は、突出した魔法の才能が無いことを悲観していなかった。むしろ喜んでいた。
私に普通な魔法をくれてありがとう、魔法の神様・・・とさえ考えていた。
強すぎる魔法を持っていれば戦場に立たなければならない。優秀な能力であったら集団を引っ張る存在にならなければならない。
自分がそうなりたいかどうかに関わらず、自然とそうなるように世界は回っていた。
少なくとも、協会内の社会はそうなっていた。生まれつき持っていた魔法の才能によって自分が就く職が決まる・・・それが、魔法使いとして生まれた者にとって当たり前だった。
自分の魔法は「普通」だから、「普通」の人生を送れる。戦闘で命が脅かされることも、重要な役職に就いて責任を取る必要も無い、安楽な人生が送れる。ただの心理学の一般研究員として人生を全う出来る・・・
関東支部長に任命されるまでそう思っていた。
研究員になって三年目、二十六歳の時。取り組んでいた研究の論文を書き上げ、コーヒー片手にレストルームで休憩していたときのこと。当時の関東支部長であり、よく研究科内の雑務を私に押しつけに来ていた佐竹課長がいきなり隣の椅子に座って・・・
「あなた、関東支部長やりなさい。拒否は無駄よ。」
と告げたときは、恥ずかしくもコーヒーを吹き出してしまった。
「何故私なんです?私はまだまだ若造です。もっと才能や経験にあふれた人はたくさんいるでしょう?」
って反抗したら、佐竹課長はオレンジ色をハッキリと出しながら、
「だってあなた、研究が楽しくてここにいるわけでもないでしょう?なんとなく、安泰な職だからここにいる。だから研究職を奪っても問題ない・・・それに、あなた、読心系の魔法を持っているおかげで波風が立たないように人と会話するの得意みたいだから、適任かなあって。」
・・・全部見透かされていた。
狸ババアめ。部下を虐めて「楽しんで」やがった。
オレンジは「楽しい」とか「わくわく」の感情だ。
研究に勤しむ真面目な努力家のようで、裏を返せば上昇志向の無い不真面目で怠惰とも言える私を虐めて楽しんでいた。
あの人だって、「おっとりなようで性根は腹黒」なのに・・・
おかげで私の人生は多忙なモノになった。人生設計が滅茶苦茶だ。毎日、三つの課から提出される山のような報告書類を一つ一つ確認し、一々首を突っ込んでくる「議会」の連中のご機嫌取りをし、喧嘩を始めた下部組織を仲介し、部下の失敗に責任を取らなければならない・・・・・・理想とはほど遠い、最低最悪な生活だった。
しかも、普通な魔法しか持たず、他に突出した才能もない者が支部長の座に着いたため部下からも舐められがちだ。「上官の中で唯一の癒やし要素」だと言われるのもそれを示唆していた。
鬼打さんや守塚課長のように、誰もが認める強力な能力を持った人間が・・・・・・そういう、誰もが認める才能を持った人間が支部長の名を背負うべきなのに、佐竹課長は何で私を・・・・・・
「・・・おし!」
弱気になっていてもしょうがない。
やっとのことで意を決し、やけくそに思いっきり、既に鬼打さんによって鍵が壊された病室の扉を、さらに壊してしまうのではないかと思うほど勢いよく開ける。
もうどうにでもなれ!!!
「・・・・・・あれ?」
病室には誰もいなかった。綺麗に掃除されて、ベッドの上には布団がキチンと畳まれておいてある。昨日届けた彼のキャリーバッグも無い。
腕時計を確認するが、七時四十五分、まだ迎えが来るには早い時間だった。彼に迎えが来るのは八時過ぎだと伝えられていた筈だが・・・・・・鈴城は十五分以上前に病室の前でスタンバっていたのだから、すれ違うはずは・・・・・・
「・・・・・・?」
よく分からず首を捻っていると、耳慣れた声が背後から聞こえた。
「美涼!あなたここにいたのね・・・支部長室にいないと思ったら・・・」
声の主の名は平原冷子。鈴城の中学からの親友・・・読心系の魔法使いと一緒にいることに恐怖を抱かない人間は珍しいから、彼女にとって貴重な友人だった。
冷子も口振りからして、鈴城を探していたようだ。どうやら、すれ違いになっていたらしい。
「あ、冷子。なんでここはもぬけの殻になっているの?」
「あなたも聞いていなかったのね・・・受付の子に聞いたんだけど、鬼打さんが五十分前くらいに来て、予定より早く彼を退院させたらしいわ。おそらく昨夜の一件をうやむやにするためでしょうけど・・・」
「昨夜の一件?」
「なんでもない。それよりこれ。例の彼があなたに渡してほしいって。」
冷子が茶封筒を白衣のポケットから取り出す。
「あ!ありがとう。これのため来たのよ。」
これで彼に会わなくて済む・・・
その封筒に入っている書類は、人猿の外見の特徴や行動の目的、そしてこれからどう動くかの予測を彼に書いてもらったモノだった。二日前に夕食と一緒に渡して頼んでおいた。
・・・しかし昨日の夜、大人気ないことに感情的になって、あんなことを言った所為でそのことが頭から抜け落ちて、受け取り忘れていたのだ。
「どれどれ、一応確認っと・・・・・・ん?」
パラパラと書類に書かれた文字を流し読みするなかで、明らかに異質なモノが、人猿の外見に関する記入欄に書かれていた・・・いや、描かれていた。
「何これ?」
説明欄に「出来れば対象の絵も書いてください」とあったから律儀に描いてくれたのであろうが・・・
「うわっ!?写真みたい・・・彼が描いたの?」
私の驚く様子をみて、冷子が好奇心をそそられて書類をのぞき込んでいた・・・一応機密情報なんだけど・・・まあいいや。冷子には例の彼の主治医を担当してもらうから、見せても問題は無いだろう。
彼女の言う通り、写真のように正確に描かれた猿がそこにいた。ぼろ布を纏い、歯を剥き出しに口を三日月みたいに歪めて笑うシーンが鮮明に描き出されている。
今にもこの絵から飛び出してきそうなほど迫力があった。恐る恐る、人差し指で表面をなぞってみると、ちゃんと黒い粉が指についた。
「印刷じゃないね。私があげたシャーペンで書かれてある。」
封筒をひっくり返すと、貸したシャーペンが律儀にも入っていた。安物だから別に貰っても良かったのに。
「彼って天才画家だったの?」
・・・・・・いや、そんな経歴は無かったはずだ。彼の事故死を偽装するために身辺情報は徹底的に集めた。その中に芸術関連の記録は無かった筈だ。彼の高校の頃の成績も美術の評価は普通だったと思う。
「・・・違うと思う。多分これ魔法使ったんだ。」
「え?」
結局、彼にもう一度会わなければいけなくなってしまった。
はぁ・・・・・・やだなあ・・・
「あのー・・・僕たちは今どこに向かっているんですか?」
「あぁ?あー・・・まだなにも知らない子供達を洗脳する宗教団体のところ。」
鬼打さんが投げやりに答えた。
「間違ってないけども・・・・・・関東支部の魔法学校だろ。」
そこに戸黒さんが否定しているようで賛同している、諫めているようで同調している、なんとも曖昧なコメントをした。
「えっと、学校なんですよね?どこが間違えてないんですか?全然違う・・・・・・いや、案外間違えてないかも。うん。そうとも言えますね。」
「あんたらは学校に何か恨みでもあるのか?」
七谷さんが僕達三人の持つ、学校への異常な偏見に呆れて肩を竦める。
僕は鬼打さん達に連れられて「魔法の能力の詳細を調べる場所」に向かっていた。服はキャリーバッグに入れてあったモノを着ているが、本庄さんの体ではサイズが合わなかった。ズボンは丈があまり過ぎて地面に引き摺り、ベルトをかなり閉めないとずり落ちてきてしまうし、シャツは全体的に大きすぎて肩口がはみ出て肌寒い・・・・・・あとで買っておかなければ。
さもないと、鬼打さんがプリンを食べきれなかった時の罰ゲームのために用意し、病院に持ってきたあのフリフリのゴスロリを着せられてしまう・・・・・・さすがにあれは着たくない。いくら僕が全てに無頓着だからって、あれを容認したら僕は何か大事な物を失ってしまう気がする・・・ただでさえ空っぽな中身がさらに減ってしまう気がした。
本当に怖いのが、多分鬼打さんの持ってきたあのゴスロリ、見た感じ本庄さんの体にサイズが完全に合っているんだよな・・・・・・やべ。寒気がして来た。
茶番は脇に置いておこう。今は、僕と三人の先輩、鬼打さんと戸黒さんと七谷さんで魔法学園とやらに向かって移動している最中である。
・・・・・・ん?どんな移動手段でそこに向かっているかって?魔法の絨毯?瞬間移動装置?
いやいや、普通に車。
戸黒さん所有で、国産の銀色のワゴン車。
超普通の自家用車だし、超普通の銀色だし、超地球に優しいことに低燃費のハイブリッド車である。
・・・うーむ。エンジン音が静かでグッドである。
「なんかもっとこう・・・魔法的な移動手段があるのかと思っていました。」
「魔法はそんな便利なものじゃない。基本的に一人が使える魔法は一種類だけだ。」
運転中の戸黒さんが教えてくれる。この人の全身真っ黒な見た目からして車も黒色・・・・・・いや、黒塗りの高級車、はたまた霊柩車でもおかしくないと思っていたのだが、駐車場から運ばれてきた車は、前述した通り至って普通な銀色のハイブリッド車だった。
そこは黒くしろよ。
・・・「気持ち悪いぐらい黒一色な人の車なのに、霊柩車じゃ無いんですね。」と呟いたら、鬼打さんと七谷さんが爆笑していた。
戸黒さんは笑わなかった。
・・・・・・うん。流石に霊柩車は不謹慎。
「そうなんですか?・・・この際、その学校に着くまで、この世界の知識の大部分が欠如している哀れな私めの疑問を聞いて頂いても?」
この非日常な世界に引き込まれて数日しか経過していない僕には、見聞きした物全てが未知であったため、このような質問をするのは至極当然なものと言えよう。
わざわざ茶化して聞いた意味は特に無い。
なんとなく・・・だ。
「ああ。別にいいぞ。」と、おそらく三人の中で一番真面目であることが窺える戸黒さんがハンドルを左に切りながら、抑揚の無い声で応えた。
「じゃあまず・・・鬼打さんや七谷さんみたいに、髪や目がカラフルな人が多いのはなぜですか?」
誰も何も言わないから、てっきり僕の目がおかしいのかとも思っていたが・・・・・・
「「ん?」」
助手席でパソコンを開いて、何語か分からない文書を読んでいる鬼打さんと、その後ろ・・・僕とは反対側の後部座席でスマホゲームをしている七谷さんが僕の言葉に振り向く。
「ああ、七谷は染めてるよ。うちに入ってすぐに、こんな個性の集合体がうようよいるんじゃ自分の個性が霞む・・・とか言って今のオレンジに染めてたな。」
「うんうんその通り。僕ちゃんの元々の髪色は茶色がかった黒、つまりは普通の色。この二人を含めて、チョー変なやつしかメンバーにいなくてさー・・・なんか負けた気がして染めた。」
モノホンの『魔女』とか『陰陽師』やら、『武道師範代』に『蟲の王』、『地獄兎』と怪物が選り取り緑だからねぇ・・・と、七谷さんが小声で付け足した。
「・・・・・・? よく分かりませんけれど、処理班のメンバーって結構大勢いるんですね。」
「そりゃそうだろ。字面でも一応、天変地異やらの災害と同格の敵に対峙するのが仕事なんだ。少人数でやってられっかよ。」
鬼打さんがパソコンの画面上に新たなウィンドウを開いて文章を打ち込みながら答える。
・・・・・・決定的に嫌われる前に鈴城さんから聞いた話だと、鬼打さんは仕事以外はかなり適当なチャランポランだが、仕事になると鬼のように厳しくなるらしい・・・仕事でミスとかしたらぶん殴られたりするのかな・・・少し怖い。
「僕ちゃんも、新入り君と同じで生まれながらにこの世界で生きていたわけじょないからね・・・魔法は使えないし、パソコンの技術だけでここにいるから、個性がどうとか以前に他のメンバーより劣っているとか、役に立っていない実感は感じちゃうかなぁ・・・」
七谷さんが苦笑いで卑屈な自己評価を明らかにした・・・見た目の派手さとは違い、内面は意外と神経質なのかもしれない。
「馬鹿を言うんじゃねえよ七谷。俺はメンバーのうちで、一番敵に回したくないと思うのはお前だよ。変な劣等感感じたんじゃねえよバーカ。」
「そうだな。俺もお前だけは絶対的に回したくない・・・・・そんなこと言っていたら『72(セブンティートゥー)』の名が泣くぞ。」
鬼打さんと戸黒さんが真顔で七谷さんの自己評価を否定する・・・どうやら、慰めでも皮肉でも無いようだ。二人は七谷さんの技術をかなり高く買っているらしい。
「えぇ・・・でも僕ちゃん、ネットとか関係無い、大自然の中に出現した大型の魔獣と戦う時とか、本当に役立たずじゃん・・・いつも鬼打さんや戸黒にほとんど任せっ切りじゃん・・・」
「むしろ、それぐらいしか活躍しない時がないだろうが中身スカスカのオレンジ果肉ヘッドめ。嫌味にしか聞こえねえ。いつもは際どい格好している女子小学生が戦うアニメに見入っている変態の癖に。」
「そうだぞ七谷。変態は変態らしく素直に自信を持って堂々としていればいいんだ。いつもの変態覗き魔兼アニメオタクのお前はどこに行った。」
「おい!今は僕ちゃんのいいところを言うところだったろ!なんで罵倒に内容が変わったんだよ!」
そういうわけでも・・・ないのか?よく分からん。
「ったく・・・・・・ま、単純に外見だけ見ると僕ちゃんの影の薄さは類を見ないレベルだったからねえ・・・せめて、見た目でも目立つようにしようと、髪を染めたわけさ。」
シシシ・・・とオレンジ色の髪を撫でながら七谷さんは薄く、シニカルに笑って見せた。
「ふむ・・・・・・七谷さんを見習って、僕も緑とかに染めた方がいいですかね?」
僕も綺麗な茶髪を持つことになったけれど、この人達に個性で敵う気もしないし、イメチェンでもした方がいいのか?
「やめろ気持ち悪い。お前が緑色してたら光合成でも始めそうで怖え。」
鬼打さんが僕の素晴らしいイメチェン案を却下する・・・光合成始めそうってなに?
「・・・鬼打さんは地毛なんですか?」
七谷さんは染めているらしいが、戸黒さんの口振りからして、鬼打さんは染めていないらしい。
「ああ。産まれたときからこうだ・・・綺麗だろ?」
鬼打さんがニヤニヤしながら、パソコンの画面から視線を外して振り返って聞いてくる。僕がそういう質問に答えるのが苦手だろうと思ってのことだろうが・・・
「ええ。似合ってますよ。」
本心だった。
艶やかな赤色が彼女の活発さ・・・弾丸みたいに突き進む生き様を際立たせている。
「・・・・・・なんか調子狂うな。」
「あ。珍しい。鬼打ちゃんが照れてる。写真撮っとこ。」
「うっせ。殺すぞ。」
七谷さんがゲームを中断して携帯のカメラを構え、鬼打さんがそれを阻止しようとわちゃわちゃし始めた・・・仲いいなあ。
「えーと・・・いいか?」
「あ、すいません。話がビックリするぐらい逸れてましたね。」
いつの間にか話の筋道が二車線ぐらいずれていた。ルームミラー越しに僕の顔を伺っていた戸黒さんに謝って、戸黒さんに説明を再開して貰う。
「使える魔法、魔力に応じて瞳や髪が変色することがあるんだ。特に、魔法使いの家系は遺伝で家族の多くが同じ魔法に目覚めるから、全員髪色が同じなんてことがある・・・・・・例えば、鬼打家は由緒正しい魔法使いの家系だな。全員髪と目が真っ赤だ。」
「へえ・・・」
魔法の世界では家柄とか血筋も重要なようだ・・・監房で垣間見た鬼打さんの魔法は明らかに強力なモノだった。血のつながりを持つ全員が同様の強力な能力を使えるならば、その家族は絶大な地位を得られるのだろう。
「俺の家族の話をしたら殺す。」
「「・・・・・・了解。」」
何か聞かれたくない事情があるらしい。七谷さんの写真撮影を無事阻止した鬼打さんが、話の矛先にされる前に話を潰してしまった。
その後も、魔法や魔物について疑問に思ったことや、まだ説明されていない処理班の普段行っている業務内容を目的地に着くまで質問した。
むしろ、先輩達が余計な茶番を入れる所為でそれぐらいしか聞けなかった。
「あー・・・もう着いちまった。残りの質問は後にしてくれ。」
「了解です・・・ってここが?全く学校っぽくは見えないですけど・・・」
車が砂利を五月蝿く撒き散らしながら止まったのは、町外れの工事現場だった。住宅地で時々見かける奴。誰が、いつから、そしていつまでやってんだか分からない工事現場。もう中に車を停めてしまっているけれど、入って大丈夫なのだろうか?怒られない?
「入れば分かる。」
訝しげに窓から建設途中のコンクリートビルを眺めていた僕にそれだけ言うと、戸黒さんはシートベルトを外して車から出てしまった。僕もドアを開けてその後を追う。
工事現場だけあって地面は荒っぽい砂利が敷かれているだけで、まともに整備されていなかった。履いているズボンの裾が長すぎるのも相まって非常に歩きにくい。
戸黒さんはそんなことお構いなく建設中の建物に向かってスタスタ進んでいく。
「いやー楽しみだねー。新入り君はどんな魔法を使えるかな?」
七谷さんが戸黒さんを小走りで追いかけていくが、鬼打さんがそれを呼び止める。
「待て。お前は仕事だ七谷・・・俺と一緒に来い。」
鬼打さんがノートパソコンを見ながら、車内の会話よりもトーンを少し低くして命令する・・・・・・仕事に関わると真面目になるのは本当らしい。雰囲気がかなり変わった。
「えー・・・この近く?」
「ああ。気になる魔獣の痕跡があるらしい。森林の観測員から連絡が来た。今は協会全体が忙しいからな・・・近くにいる俺達で片すぞ。能力を調べるのに三人も付き添いは要らねえだろ。」
「・・・・・・まあしょうがないか。新入り君!」
ビシッ!!!と人差し指をこちらに向ける。
「つまらない魔法だったら許さないからね!!!」
「えぇ・・・」
それ今から何しても結果変わらないんじゃ?
「戸黒ー!あとは任せたよー!また後でねーーー」
鬼打さんと七谷さんが今来た道を歩いて戻っていく。少しの間見送っていたが、戸黒さんを待たせてしまっては悪いと思い、振り返って彼の後を追いかけた。
「すいません。遅れました。」
「いや・・・ゆっくりでいい。見るからに歩きにくそうだしな。」
戸黒さんが腕組みをしてビルの扉の前で待っていた・・・・・・一応僕の苦労をわかってくれていたらしい。一見冷たいようで、実は優しい人らしい。
「入るぞ。」
戸黒さんがドアノブに手を掛け、手前に引き出す。ギギギ・・・と立て付けの悪い扉が不快な音を出した。これが魔法学園の扉だって?・・・どれだけぼろい校舎を使っているんだよ。手抜きか?
僕が心の中で悪態をついていることなど露知らず、戸黒さんは飄々とした表情のまま、手の平をこちらに向けて先を譲ってくれた。そして、恐る恐る開いた扉の向こうを覗いてみると・・・工事中の建物とは思えないぐらい綺麗な空間が広がっていた。
中は大きな円い広場になっていて、いくつもの扉が外周の白い壁に沿ってズラリと並んでいた。床には赤と青、緑の線が交互に円く引かれて螺旋を描いている。ガラス張りになっている天井から太陽光が差し込んでいて綺麗だ。広場の奥側に木製の箱がいくつも並んでいる空間が見える・・・下駄箱だろうか?箱の向こうに庭もあるのか、植物らしき緑色も垣間見える。
・・・・・・明らかに外から見た建物の容積より大きい。魔法で別の空間をつなげているのだろうか?ていうかそんなことも出来るの?何でもありじゃん本当。
ていうか、それが出来るんなら病院とここもつなげておけよ。
「ようこそ。日本魔法使協会教育課、関東魔法学園へ。」
キョロキョロと辺りを眺めまわしていると、中年の男性が広場の向こうから近づいて来た。
「あなたは?」
「これは失礼。私は間隠宏隆。この学園の校長を務めています。」
五十代は過ぎているだろうか?中肉中背で優しそうなオジサン・・・黒縁のメガネをかけているのも、スーツを着こなしている感じも、髪をぴっちりとまとめているのも校長先生っぽい感じがする。
「お久しぶりです、間隠校長。」
「ふふふ。久しぶりだねえ。大活躍しているそうじゃないか。嬉しいよ。教え子が有名になると私も誇らしい・・・鬼打ちゃんは来ていないのかい?姿が見えないが。」
「急用が出来たそうです。申し訳ありません。」
どうやら戸黒さんはここの卒業生のようだ。表情は堅いままだが、校長先生と親しそうに会話している。
「話は聞いているよ。この子の魔法を調べたいんだって?」
「はい。うちの新人です。」
「どんな魔法を持っているかもわかってないのに入隊させるなんて、鬼打さんはよっぽどこの子が気に入ったんだねえ。」
校長先生が丸い、つぶらな瞳で僕をじっと見る・・・何かを期待されている?
「さ、無駄話は切り上げて、『フューチャー』のところに行こう。私もこの子の魔法がどんなものか見てみたい。あの鬼打さんが気に入る変人だからね。また凄い結果になるんじゃない?」
「ええ・・・おそらく。」
「・・・ふゅーちゃー?それが魔法を診断する機械の名前なんですか?」
フューチャー・・・未来?ずいぶん希望に満ちた名前である。僕からしたら、聞いただけで肌が痒くなって来るようなネーミングセンスである。
「ああ。学生達には閻魔大王だとか就職先宣告機とか呼ばれてる。」
「え?なに?その未来とはかけ離れてマイナスなイメージの呼び方!?」
フューチャーとハローワークて・・・ミスマッチすぎる。
「それは歩きながら説明する・・・このままじゃ日が暮れちまうからな。」
そう言って、二人は広場の外に歩き出してしまった。
下駄箱の並べられた昇降口を抜け、異様に広く、自然が盛り沢山の中庭の横に作られた連絡通路を進むとすぐに、普通の学校と同じような構造になっていた。シンプルに長い廊下があり、教室がそれに接していくつも存在する・・・蛇口がいくつもある横長の水道に、クラス全員に割り当てられる番号つきのロッカー、教室毎に扉の上に付けられている学年とクラスが記されたプレート、消化器の入った箱に消火栓・・・
魔法使いの学校だからってなにか特別な設備があるわけでもないらしい。冬休みだからだろう。授業も行われておらず、校舎全体が静まり返っていた。窓から透けて見える教室の中にはもちろん誰もいない。
「・・・・・・ん?」
今通り過ぎた廊下の分かれ道の向こうに人影が一瞬見えた気がした。
「どうした?何かあったか?」
「いえ・・・なんでもありません。」
忘れ物を取りに来た生徒かなんかだろう。
「何も知らないだろうから、一から説明する。協会は三つの組織で成り立っている・・・対策課、研究課、教育課。役割は名前の通り。生活に支障を来す危険な魔物に対処するのが対策課。魔法の謎を解明したり、魔法関連の道具を開発するのが研究課・・・お前が入院していた病院も研究課に含まれる。」
「三つあったんですか。その二つしか聞かなかったんで二つだけなのかと思っていました。」
「あはは。教育課は君の巻き込まれたような事件に関わることはないからね。そう思うのも当然だよ。」
間隠校長先生が苦笑いする。
「・・・すいません。」
「別にいいよ。」
悪気は無かったのだが、嫌なことを言ってしまった。
「処理班は一応対策課の一部に位置づけられているが・・・その話は後で嫌でも聞くことになるだろうから割愛する。教育課は文字通り、魔法使いを育成するのが役割。魔法使いの血を引く奴もそうだけど、お前みたいに特別な事情でこちら側に引き込まれた一般人もここで学ぶことになっている・・・けど、」
前を歩いていた戸黒さんが少し言葉に詰まる。
「お前は学生としてゆっくりしているわけにはいかない・・・お前がここにいたら、他の生徒があの猿の被害を被りかねない。」
「・・・・・・」
分かっている。人猿の観察対象となっている僕にはこの世界でも安息は許されない。
「で、魔法を診断する装置・・・『フューチャー』は本来、ここの新入生が自分の魔法を確認するために使うんだが・・・それがなぜ閻魔大王なんて呼ばれているのかっていうのは、魔法使いの世界に根強く残る悪習とも言える思想が関係する。」
「悪習?」
校長先生が苦虫を噛み潰したような表情で説明を引き継ぐ。
「そう。魔法は生まれつきで能力が決まってしまうからね。昔から、『能力が優秀かどうかでその人の未来が決まる』っていう考えが定着してしまっているんだ。強力なモノであれば出世し、弱いモノであれば落ちこぼれる・・・それが常識になってしまっているんだ。」
「なるほど。学歴社会以上にたちの悪い能力主義社会になっているわけですか。だから『閻魔大王』・・・宣告される能力次第で人生が天国になるか地獄になるかが決まるって意味か。」
かなり痛烈な皮肉である・・・学歴社会が生ぬるく聞こえる。努力で少しは成績が上がる可能性があるだけマシだ。
「『フューチャー』は本来、魔法の才能はあるのに、その能力の詳細が判明せず、挫折してしまう人間を救うために開発されたモノなんだけどね・・・だから開発者は『明るい未来』を意図してその名をつけたんだけど、今となっては皮肉な話だよ。」
「あの機械の前で泣き崩れるやつは毎年大勢いる。見るに堪えないが。」
突き当たりを曲がるとついに、その悪魔の機械がある部屋に到着した。
部屋の中央に、僕の身長の半分くらいの高さの機械が設置されており、コードがその機械から何本も伸びて床に張り巡らされている。真っ白な部屋の中で、機械の上部が水色の光を発していた。
近寄ってみると、水色に光っていたのは現代風な液晶画面で、「手の平を会わせてください」と言わんばかりに、手形の白線が写されている。
「ここに手をかざせばいいんですか?」
「うん。数秒で結果が出るよ。」
「俺たちが何故こんな不安を駆り立てる話を・・・オイ?」
「おぉ・・・」
「え?」
ピピッ・・・一致する魔法を検索中・・・検索中・・・
戸黒さんが何か言おうとしていたが、もう機械に手の平を押し当ててしまった。
「お前、怖くないの?自分の能力が弱かったらどうしようとか・・・これで泣き崩れる奴は大勢いるって言ったばかりだぞ?」
「あははははは・・・本当に何もためらわずにそれを使う人は初めて見たよ!鬼打さんが欲しがるんだから変人にきまってるかあ!」
戸黒さんはドン引きし、校長先生は大笑いしている。
「えー・・・だってためらってもしょうがないじゃないですか・・・」
「話を聞いた上で、そんな風に割り切れる人なんて見たこと無いよ!あはははは・・・」
「本当に変わってるなあ・・・お前。」
二人に呆れられながら待っていると、検索が終了した。
「検索が終了しました。一致した魔法・・・無し。」
「・・・・・・」
えー・・・ここまで引っ張って僕魔法使えないの?拍子抜けなんだけど・・・
さすがに少しばかりいじけつつ、後ろを振り返るとさっきまでドン引きしていた戸黒さんは元の真顔に戻り、校長先生は笑いが堪え切れないと言った感じで戸黒さんの背中をバンバン叩いていた。
「あっははははははは!!!すっごい!無しって!無しって!・・・久しぶりに見たよ!あははははは・・・本っ当に最高の新人だね!」
この人・・・他人の不幸にツボってやがる・・・
「いやまあ、そうなるだろうとは思ってたが・・・」
戸黒さんが驚きの発言をした。
「え?そうなんですか?」
「・・・ははははは・・・ヒューッ、ヒューッ・・・・・・ふう・・・それ、正確には『魔法を診断する』機械じゃあないんだよ・・・あーおなか痛い・・・それは触れたモノの魔力を読み取って『利用者の魔法と一致する、または類似性の高い魔法を過去の記録から検索する』ものなんだ。」
「・・・・・・?」
上手く飲み込めず、首を捻っていると戸黒さんが説明してくれた。
「つまり、お前の持つ魔法は今まで発見されていなかった新種の能力ってことだ・・・魔法が使えないんならちゃんとエラー通知が出される。むしろ、一致するものがないって言われるのは魔法使い一番の幸運と言われてるんだよ。」
「へー・・・じゃあラッキーなんですね。」
「ラッキーどころじゃないことなんだがね・・・新種の魔法を持つ人は『一人目』って呼ばれてね。特別な存在なんだ・・・・・・戸黒君みたいにね。」
校長先生がニヤリと子供っぽい笑みを浮かべると、戸黒さんの肩に手を置いた。
「え?戸黒さんもそうなんですか?初耳なんですけど・・・・・・そんな凄い人だったんですね。ただの運転手かと思っていました。」
「今さらっと毒吐かなかったかお前?まあいい・・・人の魔法って言うのは大抵そいつが持つ個性に応じて発現する。分かりやすい例だと・・・熱血野郎の多くは火炎系の魔法を持つ・・・とかな。」
「あー・・・なるほど。」
よーく理解した。なぜ戸黒さんが「そうなるだろうとは思ってた」・・・僕の持つ魔法が検索に引っかからないだろうと予想していたのか・・・
「お前みたいな変人、今も昔もいるわけ無いだろ。」
「・・・先輩もそうだったんでしょう?変人同士仲良くしましょう?」
「・・・・・・・・・」
「いてっ」
軽く頭をチョップされた。
そのやりとりを見て堪えられなかった校長先生が吹き出す。
「ぷっ・・・あっははははは・・・ちょっ!!!死ぬって!これ以上笑ったら死んじゃうから!あっはははははははは・・・」
中年男性がここまで笑うのを見るのも珍しいことだが・・・戸黒さんがまだ笑いが抑えられない校長先生に詰め寄る。
「間隠校長・・・こいつの能力を調べたいんで体育用具と校庭をちょっと借りますね?」
「はははは・・・待って!ちょっと待って!」
「・・・・・・」
おぉ・・・表情が相変わらず変化してないけど戸黒さんが怒っているのが感じ取れる・・・なんかどす黒いオーラが見える・・・鈴城さんじゃないけど。
「校長?笑ってないで許可してください・・・じゃないとその中年腹思いっきり蹴り上げますよ?」
「わかった!わかったって!許可するよ・・・あっはははは・・・」
「・・・・・・チッ」
えっ?この人今舌打ちした?自らの恩師に舌打ちした?
「ほら行くぞ・・・」
「え?あ、はい。」
「フューチャー」の部屋にツボって動けない校長先生を一人残して校庭に向かう・・・大丈夫かな?笑いすぎて死んだりしないよねあの人・・・
第六話
アクションシーンまで書いたら長すぎたんで二つに分けました。たびたび申し訳ない・・・。本日中に次の話はあげときます。鈴城は「顔色を伺う」から連想したキャラクターです。至って普通な人間が主人公を嫌悪する様子が書きたかったのでちょー普通な設定です。