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8話「寄り添うこと」

 部屋から出てきたパトリーと向かい合う。

 私は彼より、遥かに背が低い。それゆえ、仕方ないと言えば仕方ないのだが、見下ろされることにはどうも慣れない。


「久しぶりだな」


 パトリーは今日も素っ気ない。友人なのなら少しくらい親しげに振る舞ってくれれば良いのに、と思わずにはいられなかった。


「お手紙、ありがとうございました」

「どういたしまして」

「それで。私は何をすれば良いのでしょうか」


 現代日本の私に戻るためには、恋をしなくてはならない。そして、それを成功させなくてはいけないのだ。だから、もし彼がその相手になってくれそうなら、と期待したこともある。


 だが、恐らくは無理だろう。

 こんな優しさの欠片もない人と恋愛なんて、不可能だ。


「私は騒がしい場所が嫌いだ。だが、静かな場所は好きだ」


 そりゃそうでしょうね。

 だって、その二つは同じ意味だもの。


「好きな場所で会えば、少しは好きになれるかもしれないと思った」

「何ですか、それ」


 パトリーの発言は、意味がよく分からない。


「嫌い合う友人というのも不自然だろう」

「それはそうですけど……」

「だから、だ。リリエラと言ったな。貴女に紹介したい場所がある」


 そう言って、彼は自分のすぐ後ろを示す。


「ついてきてくれ」

「はい」


 パトリーは勝手に部屋に入っていった。このままじっとしているわけにもいかないので、私もそれに続く。



 部屋に入って、驚いた。

 なぜなら、室内がガラス瓶だらけだったからである。


 室内には大きなテーブルだけが置かれていて、その上に、いくつものガラス瓶が並んでいる。ガラス瓶の大きさは均一ではない。が、どれも丁寧に磨かれているようで、向こう側がきちんと見えるくらい透明だ。埃が付着しているようなものは一つもない、と言っても、過言ではない。


「こ、これは……?」


 いきなりガラス瓶を見せられ反応に困った私は、恐る恐る、隣にいるパトリーに尋ねた。

 すると彼は、眉間にしわを寄せ岩石のように硬い表情をしながらも、答えてくれる。


「私の愛する蜘蛛たちだ」


 蜘蛛!?

 しかも、『愛する』蜘蛛!?


 暫し、パトリーの発言の意味が分からなかった。


「えっと……飼育している蜘蛛ということですか?」

「そうだ」


 蜘蛛は見たことがある。が、蜘蛛を飼育している人は見たことがない。


「近づいて見てみても構いませんか?」

「あぁ、構わない」


 至近距離から蜘蛛を眺めることに、怖さがないわけではない。だが、怖いながらも、少しばかり気になってしまって。だから私は、勇気を出して、テーブル上のガラス瓶へ近づく。


 私が一番最初に覗いたガラス瓶には、人差し指の爪に収まるくらいの小さな蜘蛛が入っていた。


 二つに分かれた体は、全体的には漆黒で、ところどころ白い模様がある。腹部は形のいいらっきょうのようで、尻側は心なしか、つんと尖っている。また、そのつんと尖った辺りからは小さな突起のようなものが飛び出していた。尻から出る小さな突起は、微妙に動いていた。


 また、顔をガラス瓶へかなり近づけて目を凝らすと、顔が見える。目は二つではなく、いくつもあるようなのだが、顔の中央には大きな目が二つ並んでいる。くりくりした目は非常に愛らしく、まるで可愛いキャラクターのよう。


「目が大きいですね」

「あぁ。その子は、視力が発達している種の蜘蛛だからな」


 蜘蛛の話題が出て嬉しいのか、パトリーの声はいつもより柔らかかった。


「くりくりしていますね」

「可愛いと思うか」

「はい! 思います!」


 蜘蛛を可愛い生き物だと思ったことは、これまで、一度もなかったように思う。しかし今は、「少し可愛いかも」と思っている私がいる。


 すべての蜘蛛を愛せるかは分からない。

 ただ、今目にしている蜘蛛のことは、好きになれそうな気がした。


「そうだろう」


 パトリーは自慢げ。

 蜘蛛を見てもらえて嬉しかったのか、機嫌が良さそうだ。


「貴女なら分かってくれるだろうと思っていた」

「虫全般、苦手です。けど……この子は可愛いと思います」


 そう返すと、パトリーは納得したように一度小さく頷く。それから彼は、ガラス瓶のすぐ傍まで寄り、片手の人差し指を伸ばす。その指で、蜘蛛の尻の先の突起を示す。


「これは糸いぼと呼ばれる部分だ。私はここが気に入っている。豪快に出ている時と控えめな時とがあるから、つい注目してしまう」


 蜘蛛について語る時、パトリーは楽しそうだった。

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『奇跡の歌姫』も連載中です。
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