表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/32

27話「妻に、との申し出」

「妻にって……どういう意味ですか?」


 私の父親とは違う、しかし今は父親という関係の彼を、じっと見つめる。

 四十代半ばだろうか。厳密な年齢は聞いてみなければ分からないが、そのくらいの年に見える。そんな父親の顔面は、意外にも、しわが少ない。どちらかというと肥え型だからだろうか。


「実はだな。数日前にカイヤナイト家から連絡があってな」

「……カイヤナイト家?」


 聞き覚えのない名称だ。


「カイヤナイト家はな、父さんの遠い親戚にあたる家だ。あ、案ずることはないぞ。地位のある、きちんとした家だ」


 いきなり言われても、どう返せば良いのか分からない。


 私が現代日本へ戻るためには、恋を成就させなければならない。そういう意味では、結婚というのも手なのかもしれない。夫となら、長い時間を共にする。そうすれば、好きになれるかもしれないし、好きになってくれるかもしれない。


 だが、そんな形の成就で良いのだろうかという不安がある。


 それに、誰かと結婚してしまったら、もうパトリーと遊べない。話すこともできなくなってしまうだろう。


 正直、それは嫌だ。

 せっかく親しくなってきたのに、こんなところで別れなくてはならないなんて、寂しい。


「……嫌です」

「何だと?」

「その……結婚は嫌です」


 そもそも、私はまだ、結婚するという意思を持ってはいない。結婚したい、という望みさえ、抱いてはいない。

 それなのに、こんな一方的な話。

 大人しく従うなんて無理に決まっている。


「安心していい、リリエラ。あそこの息子は、少しばかり癖が強いが、それなりの容姿だ」


 それなりの容姿?

 知ったことか。

 容姿が悪くない男性なら誰でもいいなんていうほど、私は男に困っていない!


 ……落ち着け落ち着け。


 まだ会ったこともない相手との結婚なんて、嫌に決まっている。心は決まっているのだから、後は簡単、断ればいい。


「それでも嫌です」

「待て待て。せめて一度の顔合わせくらい……」

「結婚する気がないのに会うだけ会うというのは、失礼ではないですか」


 断る時には、はっきり断る。

 その方が良いと私は思うのだが。


「いや、約束を破る方が失礼だ」

「……え」

「まずは一度会わせると、既に約束してしまっている」

「えぇぇ!?」


 なんて勝手な。

 言葉が出ない。


「明後日くらい、カイヤナイト家の息子がやって来る。絶対に結婚しろとは言わん。が、まずは一度会ってみてくれ」


 父親は、私に選択させることなく、話を進めていたようだ。恐ろしい勝手さ。理解不能だ。


 ……もっとも、この世界ではよくあることなのかもしれないけれど。


「無茶言わないで下さい……」

「すまない。非常に熱心に言われたので、断ることができなかったのだ」


 熱心に言われたら断りづらいという心境は、分からないでもない。そのこと自体は、理解できる範囲の外ではない。


 ただ、だからといって「じゃあ仕方ないわね」とは思えなかった。

 私はそこまで優しくなかったのだ。


「とにかく、お断りします」


 だから、はっきりと断った。

 私は何度だって言う。無理だと。


「それは困る!」

「……勝手に約束しておいてそんなことを言うのは、止めて下さい」

「なぜ頑なに拒む?」

「結婚も、一度会うのも、どちらも嫌だからです」


 ばっさり言うのは少し可哀想な気もするが、曖昧なことを言い続けても何も変わらない。だから、申し訳ないけれど、ここははっきりと言わせてもらう。


 すると父親は、肉のついた両手で、私の両肩を掴んできた。


「頼む! 会ってくれ!」


 それまではどっかりしていたのに、急に必死。

 雰囲気が変わりすぎではないだろうか。


「嫌です」

「頼む! もう約束してしまったんだ!」


 会うことさえする気はなかった。だが、必死に頼み込んでくる父親を見ていたら、段々可哀想に思えてきて。


 だから私は言ってしまった。


「……分かりました」


 本当は、こんなことを言うべきではなかったのだろう。

 結婚する気は微塵もなく、それなのに顔を合わせるなど、期待を持たせてしまうだけ。何の意味もないことだ。


「会ってくれるか!?」

「……はい。分かりました。会うだけなら、構いません」


 すると、父親の瞳に光が宿る。


「そうか! それは助かる!」


 父親はとても嬉しそうだ。


 ホッとする。

 良かった、と思う。


 ただ、その安堵の後に、私は自身の発言を少し後悔した。


 せっかくパトリーと良い感じになっていたのだ、どうせなら彼と話を進めたかった。父親の関係者と結ばれるのが悪いことだとは言わないけれど、パトリーがいるのにわざわざ他の男性と関わるなんていうのは、どうもおかしな感じがして気に入らない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『奇跡の歌姫』も連載中です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ