26話「父親からの呼び出し」
翌朝、私がベッドで目を覚まし上半身を起こすと、すぐ傍にアナがいた。彼女はニコニコしていて、朝から元気そうだ。しかもなぜか、ペンと便箋を持っている。
「おはようございます、リリエラ様!」
「あ……おはようございます」
アナの妙に元気な挨拶に戸惑いつつ、挨拶を返す。
「一晩考えてみましたが、まずは手紙を書かれてはどうでしょうか?」
彼女が言っているのは、恐らく、パトリーへの手紙ということなのだろう。昨夜の話があったから、すぐに察することができた。
「ま、待って下さい。起きるなりそんなことを言われても」
ひとまずそう返しておく。
するとアナは申し訳なさそうに頭を下げ、「そ、そうでしたね! すみません! お飲み物でも、持って参ります!」と言いながらベッドから離れていった。
せっかく私のことを考えて提案してくれていたのに、少し可哀想な接し方をしてしまったかもしれない——そんな風に思いつつ、私はベッドからゆっくりと下りた。
朝食後、自室へ戻ると、アナはワクワクした表情で私を迎えてくれた。
「お手紙の準備、させていただいております!」
「あ……ありがとうございます」
いや、そもそも、私はまだ手紙を書くなんて言っていない。
けれど、アナにこんなに期待したような目で見られたら、書かないというわけにもいかず。
そのくらいなら大丈夫だろう、と、私は手紙を書くことに決めた。
「便箋、三種類ほど用意しております。その中から、どれかお好きなものをお使い下さい」
そう言ってアナが見せてきた便箋は、どれも、シンプルかつ女性的なデザインのものだった。
一つは、白地に微かな花柄。パステルピンクの小さな花がいくつもプリントされている、少女的な雰囲気のもの。
もう一つは、地は薄いクリーム色で、その端に向日葵のような花が二つほど描かている、夏らしさ全開といった雰囲気のもの。こちらは、健康的な感じがする。
先ほどのものが恋する乙女というイメージであったのに対し、こちらは活発な少女というような印象を受けるデザインだ。
そしてもう一つ。それは、ドット柄だった。
ほんの少し青みを帯びているようにも見える白地に、パステル調の点がさりげなくプリントされている。点は、桜色や空色、薄緑など、様々な色だ。
「どれも素敵ですね」
私はまず、思ったことを述べた。
するとアナは頬を緩ませる。
「本当ですか? 嬉しいです! 昨夜、じっくり選んだので!」
「……アナさんが、ですか?」
「はい! この家にある便箋の中から、リリエラ様に相応しいと思えるものを選んでみたのです!」
アナの言葉を聞いたら、なぜか、急に涙が浮かびそうになってしまった。私のために色々頑張ってくれていたのだと知り、それがとても嬉しくて。
「……ありがとうございます。色々考えて下さったんですね」
こちらの世界へ来て戸惑っていた私にも、親切にしてくれて。少しおかしなことを言ったこともあっただろうけど、それでも嫌な顔をすることはなく、傍にいてくれた。
そのことだけでも、アナには本当に感謝しかない。
なのに、また色々考えて行動してくれて。
もう、感謝しきれない。
「はい! リリエラ様には幸せになっていただきたいですから!」
「幸せにって……パトリーと、ということ?」
「はい!」
「……そうですね。では、お手紙を書きます」
幸せに、は、まだ分からない。
でも、パトリーのことは嫌いじゃないから、これかもずっと仲良くしていけたらと思う。
——さて、手紙を書くとしよう。
手紙に内容は無難なもの。
ただ、便箋がアナの選んでくれたドット柄だったため、これまでの手紙よりは可愛らしい雰囲気に仕上がったように思う。
パトリーが戸惑わないだろうか、という気もしないことはないけれど。
こうして、その手紙は午後の回収に間に合ったのだった。
その日、私は父親に呼び出された。
珍しく二人きりだ。
父親——厳密にはリリエラの父親になるが、彼は、恰幅のいい男性だ。シャツの下にキャミソールのような妙なデザインの下着を着ていて、それが透けているのが非常に気になってしまうが、そこを見なければ立派な男性に見える。
「リリエラ、お前が西の国の商人の息子と親しくしていることは知っているが、それでも、言わせてほしい」
「えっと……何でしょうか?」
リリエラの父親は、現代日本で暮らしていた私の父親とは、まったくと言っても問題ないほど似ていない。そのため、こうして向かい合う時、他人の父親と話しているみたいな気がしてとても緊張してしまう。
「リリエラを妻にしたいとの申し出があった」
父親の発した言葉を、私は、すぐには理解できなかった。
だって、いきなり『妻にしたい』よ?
理解できるわけがないじゃない。むしろ、そんなことをすぐに理解できる方が、どうかしているわ。