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25話「進展なし?」

 趣味を問われ、「ない」と答えてしまった私は、その後、とある部屋へ招かれた。


 暗い茶色で、表面には艶があり、どっしりした四本足の、立派なデスク。それを挟んで向かい合うように置かれた、柔らかそうな椅子二つ。室内の家具はそれだけ。また、壁には絵画がいくつか飾られている。


「ここで遊ぶとしよう」

「……あ、遊ぶ?」

「そうだ」


 言いながら、パトリーはデスクの方へ歩いていく。

 そして、彼は、片方の椅子をすっと引いた。


「席はここで構わないか」

「え? あ、はい」


 個人的には、席などどこでもいい。特にこだわりはない。


「では座れ」

「それで、一体何を?」


 座席を用意してくれるのはありがたいことだが、私としては、何をするのかの方が気になってしまう。


 そんなことで一人もやもやしていると、パトリーは、デスクの下の隙間から何かを取り出した。

 紙で作られた、四角形のケース。


「トランプ、というのはどうだろうか」


 正直、意外と思わずにはいられなかった。この状況でトランプ遊びなんて、という心境だ。いや、もちろん、トランプを馬鹿にしているわけではないけれど。ただ、しっくりこなかったのである。


「遊んだことはあるだろう?」

「はい。少しだけ」

「なら話は早い。これで遊ぼう」


 私は何とも言えない心境。しかしパトリーは、トランプで遊ぶ気に満ちている様子。私と彼の心は、ある意味では真逆と言えるかもしれない。


「そうですね……」


 年頃の男女が二人でトランプを楽しんでいて大丈夫なのだろうか……。


 無論、健全なのは私としてもありがたいことではあるけれど。



 結局、その日も次の日も、私とパトリーの関係に大きな変化はなかった。


 昼間は、餌やりを見学したり、トランプで遊んだり、少し甘いものを食べたりして。夜は、用意されていた部屋でゆっくり休む。


 私はとても心地よい日を過ごすことができた。


 部屋で一人になり、そっと天井を眺める時、私の心には微かな迷いが生まれる。それは、ここでリリエラとしてずっと暮らすべきか、現代日本の私に戻るべきか、という迷いだ。


 こちらの世でリリエラとして生きるなら、今のままで良い。何も考えず、ただこの世界で穏やかに暮らしていれば、それで十分。

 だが、現代日本へ戻るのならば、恋を成就させなくてはならない。相手は特に指定されていないのだろうが、現状で一番親しくなれそうなのはパトリーか。ただ、彼と親しくなるというのも簡単ではない。



 何もないまま、帰宅。


 アナは私とパトリーの話を聞くことを楽しみにして待ってくれていたようだが、彼女に面白い話を聞かせることはできない。

 進展などちっともなかったのだから、話すことがあるわけがない。


「何もなかったのですか!?」


 夜、私の部屋の中で、アナは驚きの声をあげた。


「そ、そんな! 信じられません!」

「……事実です」

「まさか、まさか、リリエラ様がお美し過ぎて戸惑っているのでしょうか!?」


 アナは何だか楽しそう。

 恐らく彼女は、こういった話が、特に好きなのだろう。


「り、リリエラ様! もっと積極的に狙われてはどうでしょう!?」

「どういう意味ですか?」

「好意をはっきり示すのです! そうすれば、きっと伝わると思います!」


 それはそうかもしれない。

 だが、異性に好意をはっきり示すなんて、未経験の領域だ。

 そもそも私は、パトリーのことが好きなのか否かさえ、よく分かっていない。そんな状態では、好意をはっきり示すなんて、できるわけがないではないか。


「恥ずかしがることはありません! 堂々と意思を明らかにすれば良いのです!」

「……何だか楽しそうね」

「もちろん! 凄く楽しいですよ!」


 あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、アナは室内をうろうろしている。まったくと言って問題ないくらい、落ち着きがない。


「作戦を考えましょう! リリエラ様!」


 やや暴走気味のアナ。

 ついていけない。


「……さ、作戦?」

「はい! 心を掴む大作戦です!」


 妙なテレビ番組のタイトルのようになってしまっている……。


「パトリー様をリリエラ様のものにしましょう!」

「えぇぇー……」


 思わず本心を漏らしてしまった。


「嫌ですか?」

「あ、いえ。すみません。そんなことはありません」

「良かったです!」


 アナの向日葵のような笑顔は、今日も眩しい。


「このアナにお任せを! 作戦を考えます!」

「……え、本気なんですか?」

「もちろん!」

「無理に気を引かなくて良いのでは……」

「駄目ですよ、リリエラ様! 待っていて進展がないのですから、こちらから行ってみるべきです!」


 アナの言うことも分からないではない。


 だが、パトリーは、濃厚な接触は嫌がりそうだ。彼は、今くらいの距離感がちょうどいいと思っているはず。


 そして、私もそれに同意見。


 パトリーのことは好き。たまに突然親切なところや、あり得ないような話をしてもきちんと聞いてくれるところ。そういうところが好き。

 でもそれが恋愛としての好きかどうかは、よく分からない。

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『奇跡の歌姫』も連載中です。
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