19話「良くなってきたみたい」
私は、その後もしばらく、パトリーと二人で話をした。
パトリーは先日ローズマリーから手紙を受け取ったらしい。そこには、私のこと——しかも悪いことが書かれていたと、彼は言う。
さらに、それだけではなく。
リリエラが屋敷へ押しかけたと聞いたが何もされなかったか、というようなことも書かれていたそうだ。
そんな滅茶苦茶な内容の手紙を受け取ったパトリーは、ローズマリーへ返信を出したらしい。そこには「リリエラが押しかけてきたわけではない。こちらが招いた」と書いておいてくれたらしい。パトリーからそのことを聞き、私はホッとした。
パトリーからの返信にそれが書かれていれば、ローズマリーも受け入れざるを得ないはず。たとえ、どんなに思い込みが激しいとしても。
そんな話を済ませた頃には、夕方になっていた。
日はまだ落ちていないものの、窓の外の色は徐々に変わり始めている。
「長居してすまなかった」
「いえ……お話聞かせていただけで良かったです」
発した言葉に偽りはない。
緊張はしてけれど、彼と話している間だけは疲れを忘れていた。
「体調が回復したら、また私の屋敷へ遊びに来てくれ」
おっと、妙に積極的だ。
嬉しいような嬉しくないような……よく分からない気分。
「あ、はい。お誘いありがとうございます」
「手紙で連絡、それで構わない」
「分かりました。また連絡させていただきますね」
そう返すと、パトリーはふっと笑みをこぼす。
「今度はリリエラが書いた手紙を送ってくれ」
言われた直後は、その言葉の意味がさっぱり分からなかった。が、数秒してから、そこに潜む意味を理解した。
風邪を引いたと伝えたあの手紙。
あれは、アナに書いてもらったのだ。
パトリーが言っているのは、多分、そのことなのだろう。
「あ、はい。そうですね。次からは私が書きます」
「楽しみにしている」
好意的な発言をしてもらえるのは嬉しいことだ。
「良かった! だいぶ良くなられましたね!」
「ありがとう、アナさん」
パトリーがお見舞いに来てくれた日のよる、私は急激に体調が良くなった。
身体は軽く感じられるようになり、ぼんやりしていた頭の中はすっきりして。視界も一段階明るくなったように感じられる。
「顔色ももうすっかり元通りですね!」
「そうですか?」
「はいっ。そう見えます!」
最初は気のせいかと思ったが、アナも私の様子の異変に気づいていたため、単なる気のせいではないのだと分かり安心できた。
「あのお方のおかげですかねー?」
「え。その言い方は何ですか、アナさん」
「いえいえ、何でもっ。ただ、恋は素晴らしいことだなぁって、そう思いまして」
アナはニヤニヤしながらそんなことを言う。
もしかして、だが、彼女は、私とパトリーの関係を勘違いしているのではないだろうか。
私たちの関係は友人。
それ以上のことはない。
けれど、アナには、それ以上の関係に見えているのではないだろうか。
……だとしたら、何とも言えない気分だ。
「こんな夜にはルーゾピップティーですね! 恋の熱がさらに高まりますよ!」
やはり、私の予感は当たっていそうな気がする。
「恋の熱なんて……私、使いません」
一応言っておく。
するとアナは、顔に困惑の色を浮かべた。
「どうしてですか? 恋をなさっているというのに?」
いや、だから、そうじゃなくて! そもそも恋なんてしてないから!
大きな声で言ってやりたくなったが、それは堪えた。
緊急時でもないのにいきなり大声を出すなんて、はしたないと思ったから。
だからこそ、私は静かな声を意識しながら問いかけてみる。
「……私は恋をしているように見えますか」
「はい! 見えますよっ!」
アナは即答。
誤解されているのではと薄々感じてはいたが、まさかここまで誤解されきっているとは思わなかった。正直驚きだ。
「ではでは、ルーゾピップティーお持ちしますね!」
「ちょ、少し待って下さ……」
「淹れて参りますので、しばらくお待ち下さい!」
「えぇー……」
アナはそそくさと離れていってしまう。私としては少し待ってほしかったのだけれど、そんな私の心は、彼女には伝わらなかったようで。私の言葉選びが悪かったのだろうが、それでも、思いが届かず残念だ。
だが、アナも悪意があってこんな振る舞いをしているわけではないはず。むしろ、好意ゆえだろう。
だから私は、何も言わないでおくことにした。
アナを傷つけることにならないように。