表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/32

17話「午後の回収に間に合った」

 パトリーからの手紙。


 それは、一枚目以外のほとんどが蜘蛛に関する話題で埋め尽くされている、おぞましささえ感じられるような内容のものだった。


 彼は飼育している蜘蛛たちを心の底から愛している。それは、前に彼の屋敷へ行った時に分かっていた。彼の蜘蛛愛が常人離れしたものであるということは承知している。


 それでも、この手紙には驚いた。

 手紙にまで大量の蜘蛛情報を書いてくるとは、予想の範囲外だったのだ。


 一通り目を通した後、私は、その手紙をアナにも見せてみた。


 びっしりと文字が並び黒くなった便箋を目にした瞬間、アナは顔面を硬直させ、困惑の色を濃く滲ませていた。どう感想を言っていいか分からない、というような表情をしていたのである。


 それから私は返事をどうするか考えた。


 かなり回復してきているとはいえ、熱はまだ下がりきってはいないだろう。そんな状態の頭で考えているからか、なかなか思考がまとまらない。


 そんな私に、アナは、今日の午後の回収に間に合えば明日中にはパトリーのもとへ届くだろうと教えてくれた。


 取り敢えず、午後の回収に間に合うようにしよう。

 私はそう決心し、アナに頼んで書いてもらうことにした。


 内容は私が考える。そしてそれを彼女に伝え、彼女が便箋に文字を書く。


 その作戦は見事なもので。

 おかげで、無事、午後の回収に間に合わせることができた。



「ご協力ありがとうございました、アナさん」

「いえいえ! お力になれたなら、何よりです!」


 アナが文字を書いてくれた白い便箋は、二枚まとめて桃色の花柄の封筒へ入れ、回収の者に提出した。これで、明日には、パトリーのもとへ届く。つまり、私が風邪引きであるということが彼にも伝わるはずだ。


「リリエラ様。どうか、これからも、何でも頼んで下さいね!」


 そう言って笑うアナの顔に影はない。

 彼女の笑みは、青空のように晴れやかだ。


「ありがとうございます。では、少し横になります……」

「あっ、はい! ごゆっくり!」


 ベッドの上で身体を横にすると、背中に当たる柔らかさに心が癒やされた。純粋に心地よい。快適とは、こういう時に使うために存在している言葉なのだろう。


 アナが退室していってから、私はぼんやりと天井を眺める。


 現代日本の私は、今、一体どうなっているのだろう?

 私は本当に、いつの日か、あちらへ帰ることができるのだろうか?


 疑問。不安。


 それらは、片時も心から離れないもの。


 けれど、それに支配されて憂鬱になってはいけないと、今はそう思う。


 たとえ違う世界であっても、リリエラという私ではない人物であっても、生きていられるだけで幸福。世には生きたくとも生きられない者もいるのだから、そう思わねばなるまい。


 大丈夫。

 家族には会えないけれど、今の私にはアナやパトリーがいてくれる。

 だから、一人ぼっちではない。



 二日後の朝。私は、熱はようやく落ち着いてきたものの体調が全快していないため、自室で朝食をとっていた。もちろん、アナに付き添ってもらいながら。すると、一人の使用人が部屋を訪ねてきて。何だろう、と思っていたら、その使用人の後ろからパトリーが姿を現した。


「突然来てしまい、すまない」


 パトリーはそんなことを言いながら、涼しい顔で私の部屋にずかずか入ってくる。しかも、ベッドの方へ寄ってきた。


「え。どうしてここに……?」

「それは、会いたくなかったという顔か」

「い、いえ。そんなことはありません。ただ、少し驚いてしまって……」


 一応「少し」と付けたが、実際には「少し」などではない。実際のところを言うなら、「非常に」である。だが、「非常に驚いた」などと言っては、嫌みと捉えられかねない。だから私は、控えめな表現にしておいたのである。


「驚いた、だと? それは、心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きか」

「ち、違います! そんな意味ではありません!」


 恐ろしい曲解。

 驚くから、止めてほしい。


「ただ……私のためにわざわざ来てくれるなんて思わなくて」

「やはりそういうことか。心ない私が見舞いなどするわけがない、という驚きだな」


 パトリーが接近してくるにつれ、アナは気を遣ったように私から離れていった。

 気が利くと言うべきか、否か。


「私とて悪魔ではない。友の心配くらいはする。無論、これまでは友がいなかったから、他人の心配をすることなどなかったがな」


 友がいなかった、は、言う必要のあることだったのだろうか。

 個人的には、人前で述べるようなことではないと思うのだが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『奇跡の歌姫』も連載中です。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ