14話「いじめていない」
ローズマリーの兄、ラペンター。
これまた厄介そうな人だ。
兄妹の関係ゆえ仕方がないとはいえ、ローズマリーの言葉のすべてを無条件で信じている男と話をするのは、どうも気が進まない。
「君はパトリーという男と組んで、僕の妹のローズマリーをいじめたそうだね」
「私はいじめていません」
近い両目でジロリと見られると怯みそうになってしまう。だが、怯んで何も言い返せなければ、それは彼が言う罪を認めたことになってしまいかねない。
それだけは困る。
犯していない罪を犯したかのように言われるというのは、私の中の嫌なことランキングでは、かなり上位に食い込む。
というのも、現代日本で暮らしていた頃、そういうことがよくあったのだ。
良心で言ったことが嫌みであるかのようにねじ曲げられたり、さらにそれを無関係な者にまで言い広められたり。
そういった類いの揉め事に、なぜか私はよく巻き込まれた。
だから、犯してもいない罪に関して第三者からどうこう言われることは、今でも嫌なのである。
「せっかく美しいのに、性格ブスは勿体ないよ!」
「相手に直接性格ブスなどと言うのは、どうかと思います」
「あんなに可愛いローズマリーを傷つけたんだ! 性格ブスというのは事実だよ!」
ラペンター、彼はとことん失礼な男性だ。
「少し待って下さい」
「んふぁ?」
「ローズマリーさんはどのようにしていじめられたと仰っていましたか」
いじめた。いじめていない。それを繰り返し続けていても、主張し合うのが永遠に続くだけ。何の進展もない。
「もし良ければ、教えていただけませんか」
するとラペンターは、鼻息を荒くしながら「あぁ! いいさ! もちろん!」と言った。それから、ローズマリーから聞いたことを話し出す。
「誰の目にも明らかな嘘をついているにもかかわらず、嘘をついていることを認めず、狂人を見るような目で見られた! これがローズマリーの一つ目の主張だ!」
信じたくないことはすべて「嘘だ」と言って聞かないのが、ローズマリー流。その配慮のなさに苛立っていたことは確かだ。
けれど、彼女の主張は、やはり完全な真実ではない。
だから私ははっきり告げた。
「ローズマリーさんのその主張は、事実とは言い難いものです」
ラペンターはローズマリーの味方だ。だから、彼もまた、私の言葉をすんなり信じてはくれないだろう。
だが、それでも言いたい。
ローズマリーの発言は真実ではない、と。
「まず、私は嘘をついてはいません」
「嘘をついていないだと? なぜそう言える! ローズマリーは『誰の目にも明らかな嘘』と言っていた!」
ラペンターは自信満々だ。
「私がローズマリーさんとお会いした時、部屋には二人だけで、他には誰もいませんでした。なのになぜ、ローズマリーさんは『誰の目にも明らかな』と仰ることができるのでしょうか」
無関係な誰かも一緒に話していて、その誰かも「リリエラのあの発言、嘘よね」と言っていたのなら、「誰の目にも明らかな」と言っていてもおかしくはないだろう。
だが、あの場には私と彼女しかいなかった。
だとしたら、彼女以外で私の言葉を嘘だと感じたのは、一体誰なのか。ローズマリーの勝手な解釈ではないのか。
「うぐっ……。だが、ローズマリーには嘘と感じられたのだろう! 感じ方は皆違うものだ!」
「ということはつまり、ローズマリーさんはご自分の感じ方だけで『誰の目にも明らかな嘘』などと仰ったということですか」
私が淡々と言い放つと、ラペンターは渋柿を食べたような顔つきになりながらも返してくる。
「細かいところはいい! それよりも、『狂人を見るような目で見られた』という部分の方が問題だ!」
おや、話の筋を変えてきた。
どうやら、『誰の目にも明らかな嘘』という部分について争うことは諦めたようだ。
「僕の可愛い妹ローズマリーを狂人を見るような目で見るとは! 寛容な僕も、さすがにそれは許せないよ!」
ラペンターは鼻息を荒くしながらそんなことを言ってくる。
やや興奮状態にあるようだ。
「その部分は、かなり誇張なさっていると思います」
「ローズマリーの美貌を嫉妬しての視線か!?」
「落ち着いて聞いていただきたいのですが……私はそのような思いを持ってローズマリーさんを見たことはありません」
面倒臭いなぁ、とは思っていたけれど。
「ふ、ふん! まぁいい! ローズマリーの主張は他にもある!」
「そうなのですか」
「あぁそうだ! ローズマリーは僕を頼ってくれている。だからこそ、僕が、このラペンターが、君ときちんと話さねばならない!」