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世界の終わりに銀の花束を  作者: 理科屋アミノ
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目が覚めると、丸い青空が見えた。

さほど高くはない天井が丸く切り取られているようだ。その縁取りには細かな装飾が幾重にも施されており、美術品の繊細さを感じ取れた。

視線を横に移動させる。

室内だと思っていたのだが違った。古びた数本の柱があるだけで、壁と呼べるものは無い。柱同士の間から暖かい風が吹き込み、開けたばかりの瞼を重くした。

そこから外は、およそ手入れされているとは思えない。365度を背の高い植物で埋め尽くされている。その先に何があるのか全く見えない程に。

この建物を一言で表すならば祠……そう、ゲームに出てくるような祠だ。そういえば身体の下にも植物の絨毯が広がっていた。どこから運ばれてくるのか、甘い香りが漂ってくる。

一度頭を整理しようと、もう一度目を閉じた。


僅かだが頭痛がする。

妙な夢を見ていたせいだろうか。ざらついた不快感が残っている。身体が濡れている錯覚を起こしそうだ。まだ身体を起こすのはやめておこう。

服は着ている。当然といえば当然だ。しかし、祠というファンタジー真っ盛りの建物の中でジャージというなんともちぐはぐな出で立ちだ。パンツは履いているんだろうか。感覚では分からないが……まあ履いていなくても大した問題にはならないか。などと能天気に考えていたのだが、急に大問題を思い出した。

此処はどこだ。完全に知らない地。僕はあまり建造物に明るい方では無いが、この祠は初めて見たと言い切れる。

何故僕は祠の草の上に寝ている。ゲームの勇者よろしくどこかで倒れでもしたのか。祠だけに。寝る前の記憶は……無い。


無い? どうして。

反射的に目を開けた。記憶が無いことの恐怖が焦りに変わる。いやいやいやおかしいだろ。待て、じゃあ僕は誰だ。どこから来た。

くるくると視線を泳がせていると、ふいに一箇所に目を奪われた。

柱に大きくヒビが入っている。よく倒れないものだ。いや……少しずつ動いている。

これ、ヤバくないか? 将来的に、いやあと数秒後に僕ごと潰れるだろう。そうしたら記憶が無い以前の問題だ。記憶を思い出す意味が無くなる。死亡する。ジ・エンドだ。


パキッ


今かなりまずい音がした。傾いた柱が揺れる。瞬間、本能が警告を発する。起きろ、動け、このまま死ぬ訳にはいかないだろう。

正直、ここで死んだらどうなるか全く予想がつかない。何しろ知らない場所、古びた祠の中だ。誰にも見つからず塵になる可能性すらある。見つかったところで、もしパンツを履いていなかった場合ノーパン不審者の死体が発見されるだろう。それは避けたい。

逃げるぞ、と身体を起こす。幸いどこにも痛みは無い。背の高い草に突進する。その先に何があってもおそらく此処よりはマシな筈だ。

「うおおおおっ!」


草を掻き分けた先に視界が開けた。と同時に、背後で凄まじく大きな物音が響いた。間一髪倒壊に巻き込まれずに済んだらしい。吹き付ける砂埃から逃れるようにその場から離れた。

ここは小高い丘の上だった。丘をぐるりと囲む様に白い屋敷がある。屋敷の外側には森が広がり、所々不思議な淡い光を放っていた。水辺も確認出来たが、それが湖なのか海なのかは判別出来ない。それともう一つ重大な部分、およそ知っている世界のそれとは大きく異なるそれはそこらじゅうに広がっていた。

目の前には体長2センチ程の透明な羽根を広げた妖精と呼べそうな生き物が浮遊し、足元にはかなり大きめの蟻の様な昆虫が日傘を片手に談笑している。近場の樹の下にはキノコが今まさに這い上がらんともがいているし、遠方の空には紅い龍が飛び交う。

ファンタジー世界だった。


幸いな事に、彼等には攻撃意思が無いようだ。こちらを認識しても気にも留めない。試しに花壇を前に、髪飾りを選んでいる妖精をつついてみたが、頰を赤らめて飛び去っただけだった。

これからどうしようか。ファンタジー世界であることに驚き過ぎて、逆に冷静になってしまった。

モンスターとか出るんじゃないだろうな。体力には自信があるとは言えない僕じゃ退治は難しいな。そんな事を考えながら蠢く真紅の花畑に一輪だけ咲く銀色の花をしゃがみこんで見つめていた時、ふいに声を掛けられた。


「その花には誰かの願いが込められているのよ」

鈴を転がすような声に振り向くと、白い体毛が見えた。

ふわふわの猫耳に、体長の半分程もあるしっぽ。二足歩行で身長は僕よりやや低め。垂れ目ぎみの碧い瞳が真っ直ぐに僕を見つめている。金色のツインテールが風に揺れて、きらきらと光を反射した。

猫獣人の少女はこちらの言葉を待たずに捲し立てた。

「あなた初めて見るわね……ここは初めてなの?じゃあ住むところを決めなくちゃ!私が案内するわ!」

唐突に手を握られた。少し湿った柔らかな肉球が掌に触れ、思わずドキリとする。

突然のことに立ち竦む僕に少女は笑いかけ、強く手を引いて走り出した。

フリルのついたスカートがふわふわと風に舞う。白い体毛が光を透かして神秘的にすら見えた。少女に手を引かれながら僕は初めて、ほんの少しだけ安堵したのだった。

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