広域暴力団 波田組
東京の高級住宅街の一角。
そこに、壮年の男たち4人と、彼らよりはやや若い男数名が集まっていた。
この男たちは暴力団「波田組」という、広域暴力団の組長と幹部連中の一部である。
「滝本。手前、しくじったそうじゃねぇか」
「すんません、親父!!」
着物を着た壮年の男の一人が口を開くと、この中では一番年若いスーツ姿の男が勢い良く頭を下げた。
壮年の男は波田組の組長。
頭を下げたのは岐阜周辺を縄張りとする、波田組の二次組織「滝本組」の組長。
どちらも悪事をもって身を成した本物の極道である。
「ガキと思って手ぇ抜いたか? 若ぇの、4人も潰したって言うじゃねぇか。
しかも潰れたのはそこそこ稼ぎの良かった連中って話だ。どんくらいの損、出した?」
「……」
「黙ってねぇで答えな」
「あと10年働かせれば、50億、っす」
「3億の仕事に50億を動かしてダメにした。どういう事だ? 道理が通らねぇじゃねぇか」
「すんません」
「すんません、じゃねぇんだよ、この馬鹿が」
今回の集まりは、有仁襲撃の件についてである。
完膚なきまでの大失敗により、波田組はあの事件の後始末に多大な労力が費やす羽目になった。
要らぬ借りを作り、これまで溜めた貸しを使い、なんとか組へのダメージを抑えた所である。信賞必罰に多少緩くとも、文句が出るのは当然だった。
滝本組は有仁の家の周辺の土地は抑えていたが、有仁の家があるために周辺の土地を一括で使う事ができず、使った金に見合う収益が出せないでいた。
しかも、この手の仕事には絶対順守の納期が存在する。1日でも送れたら意味がないという事は間々あるのだ。手続きを考えると、もう絶対に間に合わない。
だからこそ組の中でも戦闘要員であった「オーヴァーランダーのプレイヤー」10人を使って、必勝の構えで有仁を襲いに行ったわけだが、何の成果も出せずに失敗。虎の子のプレイヤーすら失い、無駄に事件を大きくしてしまった。
滝本は盃を交わした親である波田から叱咤を受け、ひたすら頭を下げるしかない。
「この侘びは、必ずします! あの糞餓鬼を殺して――」
「もういい。今更ガキ一人バラしたところで逆にメンツが潰れるだけだろうが。もう遅ぇんだよ」
滝本は有仁の殺害を口にするが、波田はそれを「無駄」「無意味」「逆効果」と切って捨てた。
滝本組の、ひいては波田組の看板に泥を塗った形になる有仁だが、ここで波田組が有仁を殺した場合、その後始末にかかるコストは今回の襲撃同様、相当なものになることが予想される。そこまでして有仁を殺すメリットは波田組には無く、逆に滝本組がメンツを潰されただけにしてしまった方がまだマシだという判断だ。
つまり、損切をしたことになる。
滝本組を切り捨てた方がいいと、波田はそう言っているのだ。
その後、名誉挽回、汚名返上をと叫ぶ滝本は連れていかれ、彼の縄張りは他の組が引き継ぐことになった。
滝本は今回の負債を少しでも減らすため、いくつかの事件のスケープゴートとして殺されることになる。この場にいるのはその関係者であった。
話が一通り終わると波田は他の者たちを見まわし、ついでの話をすることにした。
「滝本を退けたって言うガキ、お前らはどう思う?」
「まぁ、使えそうではあるんじゃないでしょうか? いざって時に強い奴は貴重です」
「そいつもオーヴァーランダーをやっているって話なら、引き込んでしまいたいですね。減った連中の穴埋めは必要です」
男たちは波田の言葉の意図を酌んで、有仁の取り込みに前向きな言葉を述べる。
波田は悪辣な男であると同時に冷静な判断力を失わない強さを持っているため、有仁の有用性を指摘し、損失補填をするのが一番良い話のまとめ方だと判断したのだ。
殺すだけが面目を保つ選択肢ではない。自分たちの部下に、下に付けた形にしても面目は保てる。
滝本組の心情さえ無視すればの話であるが、その滝本組は排除したので、あとは純粋に利益だけを考えられる。
部下の、上司の意を酌む能力に満足した波田は、滝本組の後釜に据えられた男に指示を出す。
「まだ若い男だ。女でも使って落として見せろ。
確か潰した会社の借金娘が何人かいたな。そいつらの中から適当に見繕え。金でも握らせてしまえば何とでもなる」
「はい! 分かりやした!!」
こうして有仁の知らない所で、有仁の身の安全は確保され、別の意味で身の危険を感じる生活が始まることになる。
ただ、本人がそれを知るのはもう少し先の話であった。




