失ったリアルと、残ったもの
人を殺すというのは、そんなに悪い事なのだろうか?
もちろん、無差別殺人や快楽殺人といった犯罪行為であれば、悪い事だというのは分かる。
けど、自衛のための殺人まで、それらと同一視されるのは納得いかない。
僕はただ、自分と家を守りたかっただけなんだ。
あの日から僕の周囲は一変した。
これまではヤクザに睨まれていても、周囲はそこそこ優しかった。
店に行けば普通に買い物ができたし、僕が距離を詰めないというのもあるけど避けられるという事はあまりなかった。
けど、あの後では店に行ったら店員に嫌な顔をされるし店長から来ないでほしいと言われることがあった。
周囲の客も僕の顔を見るなり傍に寄ってほしくないと、あからさまに距離を取る。
ほとんどGのような扱いだ。
距離を取っていた元友達連中も一方的にもう話しかけないでほしいとばかりに着信拒否設定をしている。
この時になって初めて知ったんだけど、ホームセンターに勤めていた後輩が、ヤクザに暴行を受けて大けがをしたことを教えられた。
そして。
「久しぶりだね、有仁」
「雫……」
大学時代、一度は恋人であった雫も僕に悲しげな顔を向けた。
「有仁のことは、今まで好きだったわ。でもね、それって、今の有仁じゃないの。大学に一緒に通っていたころの有仁なの。
有仁は変わったわ。昔のあなたは、とっても穏やかで、一緒にいてほっとする人だった。
でもね、今の有仁は怖いわ。人を殺したとかそういうのじゃないの。雰囲気が、優しくないの。
今のあなたとは、一緒にいられません。ごめんなさい」
「……」
彼女は、僕が変わってしまったと嘆き、僕が怖いと言って、僕と一緒にいたくないと頭を下げた。
僕自身、あの頃とは何もかもが変わっている自覚はあったから、何も言い返せなかった。
ただ、泣く事しかできなかった。
でも、そんな僕でも残った物が少しある。
僕を厭わない人がまだ残っていた。
「仏の子は、完璧な存在ではありません。迷い、悩み、善い事をしようと思っていても悪い結果を出してしまうことがあります。
ですが、正しい道を行こうと願い、人の和を持ち、誰かに手を伸ばせるのなら、御仏があなたを見捨てることなどありません」
一人は、うちが檀家をしているお寺の住職。
50を過ぎ、そろそろ息子さんに住職の役を引き継いでもらおうというこの人は、ニコニコと笑顔で僕に教えを説く。
教えを説く、つまり説教というわけだけど、それでも普通に接してもらえるというのは嬉しいものだ。
でも、もう一人は。
「いやー、大変だったみたいだね!
やっぱり冒険者ギルドに入らないか? こういう時は組織だったバックアップが有効だよ!
冒険者ギルドはいつでも君の味方になりたいんだからさ、考えてみてよ」
ギルドマスターは、僕への勧誘を取りやめなかった。
ああいった事があった後に冒険者ギルドに入れば、もちろん冒険者ギルドの評判が落ちると思う。こうやって会うだけでも噂が立つんじゃないかと思うよ。
でも、それを「構わない」と言い切るギルドマスターは、事の前後で態度が全く変わっていない。むしろ今の方が強く勧誘しているぐらいだ。
どっちもわりと金銭的な、持ちつ持たれつって言うような関係だけどね。それでも、何かあった時に逃げたりしない人がいるっていうのは、本当に助かる。
ああ、そうそう。
もう一人と言うより、全くこの件と関係がない連中がいた。
「長様。今回の襲撃は我々だけで行こうと思います。義姫とともに、本日は留守番をお願いしますね」
「グギャッ!」
アタックの初日は襲撃をしに行くのだが、日々のストレスで僕の顔色は相当悪くなっていたのか、見かねた誾と信綱は、僕に休むようにと促した。
この2匹だけじゃない。他のゴブリンたちも僕を心配そうに見ている。
「ありがとう。そうさせて貰うよ」
たぶん、僕はリアルで多くの物を失った。
そのいくつかは取り返しがつかないだろうし、取り戻せるとしてもすぐにどうこうできるものじゃない。
でも、僕はまだ生きていて、幸せになりたいと心から思っている。そんな僕を支えてくれる皆がいる。
なら、僕はまだ頑張れる。
生きることを諦めることは無い。




