日常の崩壊(前)
朝の5時。
その日の朝、僕が目を覚ました理由は、外から聞こえる誾の歌声だった。
曲はいつものアレである。
それしか知っている歌が無ければ選択の余地は無く、僕もわざわざ別の歌を教えようと思っていないので、自動的に曲が決まるのだ。
ドアを開け外を見れば、一糸乱れぬ踊りを披露するゴブリン17匹。
妊婦の義姫や捕虜ゴブリンまで揃って踊りを練習している。
うん。何気に訳が分からない。
と言うか、捕虜を連れだしてまでやってどうするのさ?
「一緒に踊ることで連帯感を持たせます。仲間に引き込む方が、何かと都合がいいですから。
我々は食事をきちんと与えていますから、彼女たちからの評判はそう悪くないのですよ」
捕虜の扱いは誾に一任してあるので、誾が大丈夫と判断したなら連れ出すのは越権行為でも何でもないんだけどね。
でも、できれば相談してほしかったなぁと思わなくもない。
心臓に悪いよ。
誾が考えているのは、野生動物の調教の練習みたいだ。
よりコミュニケーションがとりやすそうなゴブリンで練習しているわけだね。芸を仕込むって意味になっちゃうけど。
ふと思い出したんだけど捕虜と誾たちって言葉が通じなかったはずだよね。
種族がゴブリン同士だからって、日本人とアメリカ人みたいに使う言語が違ったはずだけど。
「そこは、学ばせました。最低限の単語さえ理解させれば何とかなるモノですよ」
「ええー?」
「食事、子作り、体を拭く。まずはその3つから理解させました」
なんでそんなことができたのかは分からないけど、言葉を教えることができたみたいだね。
僕、野良ゴブリンにそこまで理解力があるとは思わなかったよ。犬猫みたいに考えていた……犬猫も、喋れないだけで言葉は理解するんだった。盲点だね。
捕虜ゴブリンは僕らに恭順するようで、ご飯さえ与えられていればそれ以外の仕事をしないでいいこっちの生活は気楽なものらしく、逆らおうとは考えていないみたいだ。
本当かどうかわからないけど、そこは捕虜を信じると決めた誾を信じるって事で。
最悪、ゴブリンはまた捕まえてくるだけだからね。
念のためにステータス画面を確認してみたけど、サーヴァント化できるってことは無さそうだ。
そこはもう、諦めるしかないね。
誾に言われて歌と踊りを仕込まれた刀や捕虜たちだけど、歌も踊りも彼らの娯楽になっているみたいだ。日本語は喋れなくても鼻歌を歌ったりしている。
そこから一歩踏み出してくれれば≪日本語≫スキルになるんだけどなぁ。そう簡単にスキル化しないのが厄介だね。
言語を覚える大変さは分かるんだけどね、もう少し簡単にしてくれると嬉しいなぁ。
朝のラジオ体操ではなく朝の『千〇桜』が終わると、それぞれ仕事に戻っていく。
朝ごはんはその後で、時間で言えば7時ぐらいに食べることになっている。
僕も朝一の仕事として、冷蔵庫の管理をしておく。
みんなへのご飯の供給が僕にとって一番の仕事で、特に大事なものだからだ。在庫の管理と配給は、僕以外にはさせない。それはたとえ誾であっても例外ではない。
この仕事を他の誰かに任せることは、たぶん僕にとって致命的だからだ。
もっとも、ドングリ粉や猪肉の管理のうち半分は誾に任せているんだけどね。
僕は全員分の朝食を用意し、みんなに配る。
僕らの分の基本はパンで、牛乳なんかもついでに出す。冷蔵庫さえあるなら、パックの牛乳を持ち込むことも悪い選択肢ではない。
で、刀や捕虜にはスープと肉。朝から肉っていうのは僕には重いんだけど、ゴブリンたちにとって肉は御馳走で、いつでも食べたいものだったこともあり、割と好評。
このへんは、育ちや文化の違いだね。
今回もちまちまと仕事をして、ちょっと前に進んで。
プランター栽培や畑の用意とか、レンガ作成や、石集めや。
ダンジョンでは、オーヴァーランダーでは早くはないけど順調に前に進んでいる実感を得られる。
そうやって片方が前に進んでいると、もう片方が足を引っ張りだす。
僕の家に、ヤクザの嫌がらせが始まった。




