ダンジョン初回 2日目
“たられば”を言ってもしょうがないんだけど。
本当は、昨日のうちにゴブリンを一匹殺しておこうと思っていたんだ。
体力に余裕があるうちに一回戦って、消耗具合を見ておきたかったんだ。
チュートリアルでの戦闘は、はっきり言って記憶にない。
だから、ちゃんと自分の意志でもう一回戦って、思わず殺しちゃったじゃなくて、冷静な自分がゴブリンを殺したいんだ。
ダンジョンを、昨日よりも先に進む。
森の中の歩きは体力を普段よりも消耗するから、15分だけまっすぐ進んでみる。
太陽光が遮られて少し暗い森の中。
枯葉を踏む音が周囲に響くけど、こればっかりはどうしようもない。
僕に足音を殺すスキルは無いからね。
それに、ダンジョンの序盤では気配を消すとか、そういったスキルはあんまり必要ない。
ゴブリンやスケルトンっていう序盤の雑魚は、そういったスキルが無くても隠れれば簡単にはばれないし、不意打ちしなくても普通に勝てるレベルだっていう話だから。
そんな序盤で苦戦するならオーヴァーランダーはやらない方がいいって言われちゃうよ。
僕は気配を殺す事よりも、気配を探る方に意識を向けながら歩く。
特に意識しているのは聴覚で、僅かな音も聞き漏らさないつもりでいる。
そうやって敵がいないかを確認していると、前方で何かが足音を立てて走り廻っているのが分かった。
僕は適当な茂みに身を隠すと、音の方に目を向ける。
「ぐげっ、ぐぎゃっ」
ゴブリンが何か言いながら、兎を追いかけていた。
この『ゴブリンの森』には、ゴブリンしか出てこない。
だけどそれはモンスターに限った話で、普通の動物もいるんだよ。中には野犬も出てくるみたいで、ネットでは下手をしなくてもゴブリンより強いから注意するようにって言われている。
モンスターよりも野生動物の方が強いって、なんだか切ないね。
僕は兎を追いかけるゴブリンをやり過ごし、近くに落ちていた石を投げつける事にした。
一発だけだと勿体無いから、石は3つ余分に拾った。
第一投。
僕の拳の半分ぐらいの大きさの石は、10mぐらい離れた所にいたゴブリンの背中に当たった。
痛かったみたいで、ゴブリンは立ち止まって辺りを見渡した。
第二投。
キョロキョロしていたゴブリンの顔面に石は当たった。
今度は痛かったじゃすまなかったみたいで、顔を抑えてうずくまった。
第三投の前に、僕はゴブリンに近づく事にした。
5mぐらいの所まで距離を詰めた。
ついでに石をもう少し補充し、バールを使わずに殺すつもりで石を投げる。
そうやって10回以上石をぶつけた時だっただろうか?
頭に何度も石をぶつけられたゴブリンは、そのままピクリとも動かなくなった。
念のためにもう数回だけ石をぶつけてみたけど、大丈夫。ちゃんと殺せたみたいだ。
インチキ対策と言うか、それも踏まえてのクリア報酬なんだろうけど、退治依頼を確認して殺せたかどうかを調べる事は出来ない仕様になっている。
ちゃんと自分で殺したことを確認しなさいって事なんだろうね。
僕は無事にゴブリンを殺せたことに安堵し、大きく息を吐いた。
実際に冷静な僕のままゴブリンを殺せたけど、僕は生き物の命を奪う事に何のショックも受けていない。ゴブリンを殺すことは、僕にとって問題ない行為の様だ。
そうなると、僕が一回目の時の事をあんまり覚えていないのは、殺されそうになった、殺気を向けられたことが原因なんだろうね。
よく、殺した罪悪感で吐いたり夜中にうなされるっていうフィクションを見たことがあるけど、それは僕には当てはまらないみたいだ。
第一関門に続いて、第二関門クリアだね。
命を賭ける覚悟を持っていて、命を奪う覚悟もあった。
だったら、あとは命を奪い続ける生き方を示す事だね。つまりは命を奪うための腕を上げる事なんだけど。
僕は訓練の前にもう一匹だけゴブリンを殺すことにした。
一回ホームに戻って、少し休んで。それからまたこの辺りに来よう。
僕は手を開いたり閉じたり、力を入れたりして緊張具合を計る。
少しも疲れていないし、緊張していないし、ショックを受けていない。
連戦しても大丈夫だと思うけど、一回横になってからまだ続けて戦えるかどうかの結論を出そうと思う。
もしかしたら、感覚が鈍って疲労を感じられないのかもしれないし。
油断しちゃだめだよね。
僕はホームに戻って軽く寝て、それからもう一回ゴブリンを殺したら、軽い訓練をする事にした。
実際に、僕はホームで横になったらすぐに寝てしまった。
やっぱり目に見えない、頭で分からない疲労が蓄積していたんだと思う。お昼を食べたあとに軽く寝るつもりが、夕方まで寝入ってしまった。目覚ましを掛けたんだけど全く気が付かないほど深く寝てたみたいだ。
外はそろそろ暗くなるようだったから、僕はダンジョンの出入り口すぐの所で軽く訓練してから夕飯を軽く食べ、そのまま寝ちゃうことにした。
そうそう。
今後の為に適当なサイズの石ころをたくさん集めて、投石の練習もする事にした。
石を投げるのはバールを使うよりも安全な戦い方だと思うし、遠距離で何とかなるならその方がいいよね。
練習して、早くスキルを獲得しよう。
でも、今日はもうおやすみなさい……。