ギルドマスター
冒険者ギルド。
それは『オーヴァーランダー』によって情報が秘匿されている組織である。
ただし、それを運営しているのはただのプレイヤーでしかなかった。
「糞が!! 全然人が集まらねぇ!!」
「落ち着いてください、ギルドマスター」
「なんで月に一人も増えねぇんだよ!?」
ギルドマスターを務めるのは、法的な年齢ではまだ15歳、自身の体感年齢では22歳の若い男である。
名を、『榎本 遼』と言う。
彼が冒険者ギルドを設立し、システムの恩恵を受けつつ運営している理由は簡単だ。
クエストだからである。
彼にとって冒険者ギルドの運営は、非常に割のいい小遣い稼ぎだったのである。
クエスト内容は、冒険者ギルドを作り、多くのプレイヤーを所属するように促し、情報の共有と彼らの成長の手助けをすること。
所属プレイヤーの数と質により報酬のEPが増えるため、彼は日本円などの金銭をばら撒くことをいとわずに、真面目な運営を行っている。ある程度上の稼ぎを得られるプレイヤーにしてみれば、日本円など大した価値は無く、EPこそ集めるべき報酬だからだ。
もしも何らかの詐欺行為が可能であれば榎本も悪だくみを行ったかもしれないが、下手を打てばギルドマスターの地位をはく奪されるかもという恐怖心もあり、真っ当な運営しかできないという事情もある。
冒険者ギルドの活動は多岐にわたるが、その中でも特に大きな事業は「プレイヤーのお見合い」である。
プレイヤーは、オーヴァーランダーに関わる中で、自身の時間と外部の時間に多大な差を生じさせてしまう。
特に家庭持ちなどは問題が発生しやすく、下手をすると親子で年齢関係が反転しかねないなどの問題を生んでしまうし、親子以上に夫婦での年齢差の発生は無視し得ない状況を作り出してしまう。
はっきり言ってしまえば、オーヴァーランダーは夫婦ともに行うか、どちらも行わないかの二択しか存在しないのだ。
その問題があるため、冒険者ギルドでは離婚夫婦の再婚支援プログラムとしてお見合いを推奨している。
お見合いをする利点は他にもある。
お見合いで、夫婦ともにオーヴァーランダーをするようになると、自然と行動を共にするようになり、死亡率が大幅に下がるのである。
通常、オーヴァーランダーのプレイヤーは他人と行動するが、そこに信頼関係が存在する例は稀である。過半数のプレイヤーは、利益だけを理由に徒党を組む。
もちろん最初は助け合う目的で現実の友人とフレンド登録をしてアプリを起動する人が多い。
だが、行動を共にし、苦楽を乗り越え、絆を紡いだとしても。
結局は金銭問題で破綻する。
ただの友人から始まり現実の1年間を戦い抜けたフレンド関係というのは、ほぼ存在しないと言っていい。それほど金銭を理由としたフレンドの解消は多いのだ。
そうやってフレンドと別れたプレイヤーは、ネットで仮初のフレンドを探してソロプレイヤーになる。そこまでは有仁と同じだ。
ただ、フレンドと役割分担をしていたプレイヤーは、半数がソロプレイに適応できずに死ぬ。
パーティプレイから入った人間と、最初からソロプレイをしている人間では、ダンジョンに対する認識に大きな差が出るのだ。リスクを読み誤ると言っていい。もしくは減ってしまった収入に対し我慢できず、無理をした報いを受けるというのか。とにかく、ソロになった途端に死ぬ者は多い。
しかし夫婦関係であれば金銭問題は発生しにくくなり、普通よりはフレンド関係が長続きする。
これも冒険者ギルドとプレイヤーの双方にとって大きな利益がある話だ。
ただし。
一度結婚できてしまえば、それ以上所属する旨味がないとも言える。
その他、知識の共有なども行っているが、これはあまり重要視されていない。
自分の知識を放出することで不利益を被る可能性はあまりないのだが、間違った情報を与えたがために誰かに不利益が発生した場合、その責任を取りたくないと考えるものが多いからだ。
あとは面倒くさいといった理由で情報の出し惜しみをする者も多い。
検証に時間がかかることもあり、
似たような理由で新人の指導制度などもまだできる段階ではない。
指導する人間というのはダンジョンに対しちゃんとした知識が必要なのだが、まだその知識をため込む段階の冒険者ギルドにとって可能な指導というのは本当に少ないため、初心者以外には意味がないのだ。
そしてシステムがなぜか行う情報秘匿の問題から、大々的に動いていない冒険者ギルドはすでにある程度活動が軌道に乗ったプレイヤーしか所属できず、何もできないことになる。
残念ながら冒険者ギルドの利便性は、所属する旨味は、現段階ではプレイヤーにとってあまりないとしか言えない。
だから人が集まらず、冒険者ギルドの活動は非常に限定されたものになる。
すべては人が増えれば解決する問題だが、人が集まらないから解決しない。
完全に負のスパイラルに陥っているため、解決策などなかなか出てこない。
政府と取引をして情報収集に努め、多くのプレイヤーに接触するも、警戒されて終わりである。上手くいく兆しが見えない。
榎本が頭を抱えるわけである。
なお、現在所属しているのは榎本から金銭的な利益を供与されている非プレイヤーがほとんどだ。プレイヤーでなければはした金で釣れる人間はいくらでもいる。
そして彼らは命がけのオーヴァーランダーに手を出すつもりは無かったりする。
そしてオーヴァーランダーを始めようとする人間を探したところで、信用の無い冒険者ギルドに所属してくれるわけではないというおまけもついてくる。
ネットに情報をさらせない組織運営は難しいのだ。
「ちくしょー」
榎本はぶつぶつ言いながらも、新規プレイヤー情報を確認する。
少しでもプレイヤーを集めるためには、それしかないのだ。
「ん?」
そんな中、榎本はあるプレイヤーの情報を知り、手を止めた。
「これなら何とかなるか?
でもなぁ。ヤーさん相手は難しくね?」
その書類には、新田有仁の名前が書かれていた。




