新田 有仁①
「新田 有仁」は田舎に住む、そこそこ裕福だがごく普通の大学生だった。
170㎝程度の身長に、60㎏ぐらいの体重。学業成績は平均的で、サークルに所属していないが、友人はそれなりにいたし、恋人もいた。
家族構成は共働きの両親、妹と弟の4人であった。
それらはすべて、過去の話である。
何故ならすでに彼に友人はおらず、恋人とも別れており、家族の全てを失っているからだ。
最初の悲劇は家族の“死”だった。
一家そろって車で移動している時、交差点でトラックに側面からぶつけられ、有仁以外の全員が死んだ。運良く助手席にいた有仁だけが骨折程度の怪我で済んだのだが、有仁にしてみればそれが幸運だったのかどうかは今も分からない。
次の悲劇は遺産相続の問題である。
当時の有仁は20歳で、すでに成人していた。
実子であり長男の有仁が家族の遺産を受け継ぐのは当然の権利であり、親類も特に欲を出すことなく節税のために遺産相続をしたが、その時は揉め事一つ起きずに話は進んだ。
ただ、有仁の相続税が問題であった。
家族4人の死亡保険、両親の死亡退職金、土地家屋、山、通帳にあった現金などを合せると課税対象の総額は2億円を少し超える3億円以下となった。
相続税の税率は金額によって変わり、3億円以下の場合は45%もの課税がされるため、2700万円の控除があるが、土地や家屋を相続するなら国がほとんど現金を奪っていくシステムになっている。
有仁の手元には現金がほとんど残らない。貯金はそれなりに残っているが、将来を考えると楽観視できる額ではない。
本来は弟妹と遺産を分割して相続する予定であったため、それなら両親が一度に死んだとしても有仁が5000万円以下で弟妹は3000万円以下におさまり、税率はそれぞれ20%と15%で済む予定であったのだが……こういった事態は想定されていなかったため、“相続時精算課税の選択”などの節税もしていなかった。
ただ、随分持っていかれたが今の有仁にとって相続税は家屋を手放すほどではないし、いずれは慰謝料などの収入があるはずだったし、いきなり困窮するほどではない。
それにこの時点では親類の支援もあり、普通に生活するだけなら特に問題がある訳では無かった。
有仁の不幸はもう少し、だがここから致命的な物へとつながる。
有仁の家は、岐阜県岐阜市の端っこにある。
岐阜市の中心は街として発展しているが、端っこの方はまだまだ田舎である。田んぼや畑が広がり、家と家の間が100mや200m離れていても珍しくない場所もある。
当然、土地は街に比べれば安い。だからか親は山なども持っていた。
だが、その近辺に高速道路を通す計画が立ち上がっていた。
そして有仁の家は高速が通った後は交通量が確実に増えるいい場所に存在していたのである。
公共の福祉を理由に必ず手放さねばならない場所ではないが、抑えておけば儲かる土地。
有仁の家はそんな場所になってしまっていた。
運良く相続税の課税額見積もりには影響しなかったが、有仁の家がある土地を狙い、ゴロツキが現れるようになった。
有仁の周囲にも土地を持っている者は多かったが、いきなり天涯孤独となった有仁は狙い目のカモであり、家族がいる周辺の者よりも脅しやすい。家族の誰かが24時間家にいるならともかく、家を出る事が少なくない勤め人なら無人の時間は多い。何をやっても現場を押さえられたり咎められたりしにくいのだ。
ガラの悪い男たちがさまざまな嫌がらせを行った。
ゴミの投げ入れ、窓ガラスへの投石、落書きなど。
そして、有仁の周辺への脅迫。
有仁が立ち退きに同意するまで嫌がらせをすると周囲に喧伝したのだ。友人や恋人は、この段階で去っていった。彼らも自分のみならともかく、家族などへ暴行を行うと言われれば退くしかなかったのだ。情が無いのではなく、情があるから離れていくしかなかった。
そして、有仁は大学を辞めた。
警察にも訴えたが、この手の軽犯罪では元締め、黒幕になる者をいきなりどうにかできるだけの拘束力がない。
警察が無能なのではなく、相手が警察が強く出にくいギリギリのラインを見極めて動いているのだ。
悪法も法である。
体制は味方であり敵ではないが、有仁を助けるには至らなかった。
なお、こういった嫌がらせを相手するには民間の警備会社の方が優秀だからと警察に勧められたので、有仁は有名な警備会社と契約した。
現在、新田有仁は無職である。
どこかで働けばそこに嫌がらせが行われるので、近所に働ける場所は無い。
有仁がダンジョンに潜るのは、それしか選択肢が無かったからである。