残るものは②
「長様。気落ちするのは分かりますが、寝ていても状況は良くなりません。今は為すべきことを見定め動くが上策でしょう」
家をどうにかされたと聞き、ショックで動けなかった僕。
しかし時間が経てば少しは精神状態もマシになるというもので、ちょっとずつ誾たちにも日本の状況を話していった。
話を聞き終えた誾は、まずは目的を持ち動くべきだと進言する。
人をやって家の様子を見に行かせるのは必須。
家は修理できないのか、それとも大掛かりなリフォームで済むのか。
はたまた、完全に潰して、立て直すのか。
なんにせよ、寝ているだけでは状況が悪化していくと誾は言う。
分かっているんだ。
分かっているけど、動けないんだ。
壊された家を見に行くと思うと、足がすくむ。
怖くて現実を直視できない。
記憶の、思い出の中だけですべて終わらせてしまえば、その方が幸せなんじゃないかと思ってしまう。
布団の中で何も見ないようにして生きていたいとまで思ってしまう。
それが、何の解決にもならないとしても。
前向きな言葉だけでは、僕は動けなかった。
そんな情けない僕に、誾は微笑んだ。
「ならば、このままギルドで生活しますか?
お借りしている宿は快適と聞きます。出歩けるようになれば窮屈という事もありませんし、周囲の人は外の人よりも信用できるので心強い。
何の心配も、何の苦もなく生活できますよ」
言われ、胸に何かが突き刺さった。
誾の言葉は、ヤクザ連中から聞かされた、最初の方の交渉の言葉に似ている。
連中も最初は金だけで解決させようとしていて、そのために耳に心地よい言葉ばかり並べていた。
誾の言葉の様に、「何も心配はいらない」「十分な謝礼を用意するので生活には困らない」などとこちらを安心させるための言葉を言っていた。
連中も嘘は言ってなかったのだろう。
誾も本心から、それでもいいと受け入れてくれるのだろう。
だけど。
だけど、だ。
だったらなぜ、僕は頷かなかった?
言われるままに家と土地を売り払い、得たお金で気楽に生きていけば良かったのだ。
それでも家にしがみついたのはなんでだ?
決まっている。
思い出を守りたかったんだ。
いや、違うか。
僕は家族の死を受け入れたくなかったんだ。本当は思い出にしたくなかったんだ。まだしがみつける日常、そのための形が欲しかった。
そうしないと、立ち上がれそうになかった。
ただそれだけなんだよ。
だけど今度は、その思い出を壊された。
状況が違うと、泣いていてもいいじゃないかと、自分に言い訳をしようとして気が付くことがある。
孤立し、孤独になり、泣いていた僕を慰めてくれたのは誰か?
手を差し伸べてくれた人がいただろう。
今、隣で笑い合える仲間がいるのに、なんで僕は立ち上がれない?
あの時の僕は家族の幻影にしか、しがみつけなかった。
けど、ここにいる誾は僕の何だ?
外で僕を心配する信綱や他の仲間たちは、僕の家族だろう?
思い出じゃない、本物があるのに、いつまで僕は泣いている?
「ああ、ダメだね。全然ダメだ」
どこかの誰かのセリフを思い出す。
きっと、昔に読んだ漫画の主人公が言っていたセリフだ。
心は痛みで悲鳴を上げる。
だけど、僕は布団から出て、立ち上がった。




