明日があるさ
パット見たところ、何人かの肌が焼かれているように見えた。
回復薬か≪回復魔法≫か、ある程度の治療はされているけど、火傷痕があるようなのだ。一回火で焼かれた肌は変色し、質感が元に戻っても色が変わったままである。
これを治そうと思うと、ちょっとお高い回復薬の上位版が必要だ。
戦闘の保険として信綱や誾にいくつか持たせてあるけど、今回は使わずに済ませているようだ。
高いからって使わずに済ませるよりも、「いのち大事に」の精神で使ってしまっても構わないんだけどな。
……回復薬より安い蘇生費用で済ませればいいなんて考え方は危険なのでしないように言い含めてあるんだけどなぁ。
「申し訳ありません、長様。お預かりした装備を、ことごとく駄目にしてしまいました」
僕と顔を合わせると、誾は開口一番、謝罪を口にする。
「生きて戻ってくる方が何よりも優先だよ。
見たところ、火を使うモンスターと戦ったように見えるし、レポートをまとめておいてね。
もちろん、休息をとった明日以降でいいから」
「いえ。本日中に提出させていただきます」
誾だけでなく、信綱ら戦いに参加したメンバー全員が悔しそうな表情をしている。
獲物を持って帰ってこなかったところを見ると、その新種とやらからは逃げ出したというのが正解か。勝っていれば保てた面目も、負けて逃げ帰っていれば完全に潰れたままだし。
このまま悔しい顔だけさせておくというのも忍びないし、少し発破をかけておくか。
「じゃあ、一個だけ質問するけど」
「はい」
「次は、勝てる?」
「っ! もちろんです!!」
僕は不敵な笑みを浮かべ、報告する誾だけでなく他のゴブリンらにも視線を向ける。
すると僕の意図に気付き、みんな姿勢を正し、次回の勝利を力強く約束した。
いいね。
それじゃあ、子供のころに漫画で学んだ教訓をみんなにも教えておくか。
「みんな、今、生きているだろ。だったら僕らは負けてない。死んだら負けだけど、生きているなら“まだ戦っている最中”なんだよ。
で、今は力を蓄えて、次回の勝利をもぎ取る。それでも勝てなかったら、やっぱり退いて、勝てるようになれ。
死んでないなら負けてない。心が折れない限りは。それを忘れないようにね」
多くの少年漫画は言う。
「挑み続けろ」
「心だけは負けるな」
「最期の一瞬まで足掻いてみせろ」
「望むものがあるなら絶望する暇なんてないぞ」
さすがに死なれるのは嫌だし無茶をしてほしくないのだが、この程度の教訓なら毒にならないだろ。
一晩明けて、誾が洞窟にいたモンスターのレポートを持ってきた。
出てきたのは身長3mもの、巨大な熊だったらしい。
体が大きいという事はそれだけで強いという事だ。力強く、頑丈で、早い。
こっちで一番体格がいい鞍馬だって3mもの大きさの熊が相手では力負けする。ゴブリンでは身体能力など圧倒的に不利だっただろう。
しかもだ。火傷痕から分かるように、この熊は≪火魔法≫を扱う。
さすがに信綱らほどの練度は無かったけど、それでもこちらは身体能力で劣るというのに魔法というアドバンテージにまで踏み入られると、苦戦は免れないという。
最悪なのが、この熊が魔法を効果的に扱う方法を熟知していたという点だ。
普段は爪の先を赤熱させて攻撃してきた。そして要所要所で火を吐き遠距離攻撃まで行う。
最小限の魔法で最大限の効果を発揮させるかのような戦いぶりは野生動物というより歴戦の勇士のようで、藤孝が機転を利かせ洞窟を崩落させて何とか逃げおおせたというのが今回の顛末である。
僕は直接見ていないから断言できないけど、あまり打てる手はないと思うんだけどね。
単純に身体能力で勝る相手って、正攻法の強さを持っているって事だし。チャチな小細工ぐらいは踏みつぶしていくだろう。
でも、誾は打開策があるようなので任せてみることにした。
現場の事は現場の人間に任せるのが一番である。
何か必要な物があれば用意するけど、出来そうな手伝いはきっとそれぐらいだろうね。




