靴の準備
洞窟というのは、これまでの中でもあまり探索した事が無い。
最初の洞窟はカウントできないと言うか、最初の出入り口の洞窟は土肌で、こういった鍾乳洞とはジャンルが違うので感覚が全く違う。あれを同じと言ってはいけない。
なので、少し入って足下の感覚を確認してみた。
ツルツルする、非常に滑りやすい足場だった。
「この靴で入るのは自殺行為だね」
「はい。専用の靴を用意していただかねばなりませんね。登山用の靴では戦闘に耐えられません」
「灯り、無いと、長が危険。照明も追加必要」
発見したばかりの今回は試しでしかないので、本格的な調査はしない。
少なくとも、洞窟がある事を前提に装備を調えないと足を踏み入れたくも無い。このままでは視界の悪さと足場の悪さで自滅する未来しか無いだろう。
僕らは洞窟の場所を地図に書き込み、その成果を以て、探索を切り上げるのだった。
村に戻った僕らは、今回の獲物である霧狼や灰鷹、木蛇の解体現場に顔を出した。
「長様、どうかしましたか?」
生産ラインを取り仕切る蔵人もようやく≪日本語≫スキルを覚えた。
そして最近では冒険に出る事も少なくなり、完全に生産職として村でいろいろな物を作っている。
最近はロープ関係が多かったけど、それと平行して獲物の解体作業を監督していたりもするので、どちらかに顔を出せば会えるという寸法だ。
今回蔵人の所に顔を出した理由は、靴の相談をする為だ。
日本で買った革靴を渡して、それを使って自前で靴を作る為の研究を進めてもらっているから、その進捗確認をすると同時に、こちら側で滑り止めの効果がある靴を作れないかと聞いてみた。
「無茶を言わないでください。
日本製の靴、アレがどれだけ凄いのかは長様の方がご存じでしょう? 我々ではあちらで100年はかけないとあのレベルの靴を作る事は出来ません。
確かに使える皮の質は村の物の方が上でしょうが、革の質ではあちらの方がまだまだ上です。その縫製加工もです。数多いパーツ類をきっちりと一つにまとめ上げられるようになるには、まだまだ時間がかかります。
滑り止め効果を持つ靴底など、技術的に追いつけるかどうかも不明です」
僕の質問に対し、蔵人は渋面を作って否と答える。
まぁ、僕だって日本製の靴と同じレベルを求めてはいないんだけどね?
実用に耐えうる品質であればそれでいいんだけど。
「それが難しいのです。
私どもの作った靴では、1日の戦闘に耐えられるかどうか。彼我の差が目に見えて分かる以上、長様が使うに役不足の品などお出しするわけにはいきません。
不出来な品をお渡しし、もしも長様の靴が戦闘中に駄目になりそのせいで御怪我を負えば、我ら一同、その事を死よりも深く悔やむでしょう」
部下の忠誠が、重い。
多少の怪我は織り込み済みなんだけどなぁ。戦うんだからしょうがないよね?
怪我などしないにこした事は無いけど、戦いっていうのは大なり小なりリスクを背負う物のはずなんだけどなぁ。
誾も無言で頷いているし、この場に味方はいないようである。
蔵人らの言い分も分からないでは無いので、僕は説得を諦めて普通に日本製の靴を使う事にした。
残念ながら日本でも洞窟探検に向いた靴は在庫が無かったようで、「揃えるのに2日ほど待って欲しい」と、ネットショップで言われてしまった。
うん。
普通の人は使わないもんね。そんな特殊な靴。
ヘッドライトはただの追加購入だからいいとして、あと2回ほど洞窟探検はお預けだ。
物が来るまではその他の地域を探索するかな。




