日本政府の動向
「だったら、どうしろというのだね! せめて対案を提示してから反論しなさい!
いいかね。すでにゴブリンの脅威は周知の事実。それに対抗するすべがなくては何も出来ない事は知っての通り。
我々人間に魔法が使えない以上、魔法の使える者に国籍を与え、自陣に引き入れる以外、何か出来る事があるというのかね?
我々は、魔法について何も知らないんだぞ!!」
ここは日本のとある料亭、政府関係者ご用達の秘密会合の会場。
与党の中でも特に発言力が強い政治家達が集まり、今後の調整をしていた。
通常、政治家の会合というのは公の場では行われない。こういった“裏”で有力者が事前調整を行い、ある程度の道筋を付けてから全体の話し合いを持つ。
それがどこの民主主義国家でも行われている“政治”というものだ。
この日、議題になったのは「ゴブリンの国民登録」についてである。
首相を始め、数人の参加者がその必要性を強く訴えだした事が最初の議題だ。
今の首相、51歳と戦後最年少で就任した「百瀬 大地」は「強い日本」というスローガンを打ち出し、友好国との連携や自国の競争力強化を前面に打ち立て、首相になったという経緯がある。
その百瀬首相は「ゴブリン融和派」として声を大にして自説を主張している。
「ああ。確かに問題だらけだとも。
しかしだね、では、どうやって魔法テロを防ぐのだね?
もしも私が納得のいく答えを出せるのであれば、いや、考慮に値する提案があるのであれば、しばらくはこの件について口を閉ざそうじゃないか」
首相は「ゴブリン反対派」の顔を一瞥する。その人数はこの場の2割ほどだが、その視線に応えられる者はほぼいない。
さすがに、昨日の今日でこのような難題に対策を打ち立てられる者などいない。
自然と、場に沈黙が降りる。
その空気の中で、数少ない例外が「中立派」にはいた。
「しかしですね、首相。その様に性急に動き出せば国益を損なうというのも事実です。正式な発表をいつ頃行う予定ですか?」
「……1年、2年は先の話だ。さすがに、今はしないとも」
「北京の復旧が全く終わっていないでしょうね」
「それでも、だ。ここで後れを取る訳にはいかん。それは君も分かっているだろう?」
「今の、ゴブリン達の取り込みですか。すでにEUが動いているという話も聞きますが?」
「だからこそ、急がねばならんのだ」
北京で暴れ回ったゴブリンの数は2000人というのが分析者達の発表だ。彼らのほとんどは下水道を利用し、姿を見せていない。これは被害の発生の仕方からの推測である。
たったそれだけのゴブリンだけで、大都市一つが翻弄されたのである。力強く語る首相であるが、その瞳の奥にはゴブリンに対する恐怖が見え隠れしていた。
例えばだが。
日本も北京も、状況は同じである。重要施設は地図に載っているし、魔法使いのテロリストなど、全く想定していないという面で。
そのゴブリン達が他の国に従属したらどうなるのか?
同じ事をされたら、自分たちは生き残れるのか?
首相は、どう考えても「打つ手無し」としか言えなかった。
なお、その中で殺されたゴブリンは1割程度でしかない。
警官や軍人が多く動員されたと聞くが、徹底したヒット&アウェイであった為、北京では交戦そのものの数が非常に少なかったと言われている。
「“プレイヤー”の協力は得られないのですか?」
「彼らが力を振えるのは“あちら側”だけだ。情報以上の協力はできないと言われているよ」
「2年前はそのことに安堵したのだがね」、首相は力なく、そうつぶやいた。
首相は個人的に冒険者ギルドのギルドマスターとつながりがある。
あの事件を知った直後に連絡を取り、話を聞いているが、返答は芳しくないものばかりだった。
その後も会合は続いたが、特に有意義な話が出ずに、従って首相の決意が翻る事は無かった。
そう言えば、と、首相は一つの情報を思い出した。
それは「ゴブリン有識者会議」の参加者から送られてきた、とあるゴブリンの、上位種の情報。
「確かゴブリナ、だったか」
人間と変わらない姿のゴブリン。
魔法を使える事に加え、人間に溶け込めそうなその姿。
首相は一つの可能性として、別の事を考えついた。




