カウントダウン
ゴブリンの女王は、己の大いなる幸運に歓喜した。
これで何とかなるかもしれない、ゴブリンの行く末に光明を見出したと確信していた。
まず、中国国外の要救助者がいた事。そして相手が中国語を喋れたことだ。
中国人であれば確かにコミュニケーションが取れるが、所詮は中国の人間である。はっきり言ってしまえば、女王は中国を敵国であると認識しており、単独交渉で共存できるようになるとは考えていなかった。
それに中国という国のやり口を学んでいた女王は、周囲を味方につけてようやく生存率が5割になるかどうかという判断をしていた。
次の幸運は、要救助者の彼が高いコミュニケーション能力を持ち、ゴブリンに忌避感を抱いていなかった事。
冒険者を兼任する登山者というのは総じてコミュニケーション能力が高い事が多い。国外での活動というのはどうしても現地の人間との関係が重要になり、現地にとけ込むといった事も必要なスキルなのだ。もちろん、自分たちと違う常識を持つ人間を見下すような愚かな真似はしない。
ゴブリン相手であっても、彼は良き友人であろうと振舞っていたのだ。
ゴブリンの多くは人間を敵視していたが、冒険家である彼の持つ雰囲気は、その敵意を溶かすだけの力があった。
それに、彼が分かりやすい白人で見事な金髪であったこともゴブリンの敵意を押さえるのに役立っている。彼らゴブリンが嫌っているのは、黒髪黒目の中国人なのだ。
そして最後に、彼は英雄とも呼ばれる、偉大な、知名度の高い人間であった事。
彼は国に帰ると、ゴブリンたちに助けてもらったこと、彼らが言葉を交わし分かり合える相手であることを大々的に喧伝した。登山という冒険に失敗した穴埋め、パトロンへのアピールという即物的な話でもあった彼の物語は、多くの人に衝撃を与え、彼の知名度をさらに高める一助となった。
それはつまり、ゴブリンという隣人への理解が深まるという事であり、人とゴブリンの友好的な雰囲気を作る土台となった。
ゴブリンの国は、世界的に知られるようになった。
もっとも、ここまで話が進んだところでゴブリンの国が正式に国際社会に認められるかと言うと、そうでもない。
中国国内に国を作ったという事は、中国に対して正面からケンカを売った、戦争を吹っ掛けたという事でもある。
当たり前だが、中国はゴブリンの王国など認めない、即時殲滅してやると意気軒昂であった。軍を動かす準備も開始している。
そして国際社会は、自国で同じ事をされたくないという思いもあり、その動きを掣肘する事もせずにいる。
中国の武力行使に反対する人間勢力、主に人権団体だが、彼らはゴブリンに対し人道的支援をするという名目で、ゴブリンの国に住み着きだしている。
もしも問答無用で攻撃を仕掛けた場合、ゴブリンだけであればまだ言い訳の一つもできるだろうが、少なくない人死にも出るだろうから、中国は厳しい批判にさらされる可能性もあった。
彼らは肉の壁として、中国の動きをけん制している。
中国政府としては彼ら活動家の動きをどうにかして止めたいところだが、すでに1000人以上の人間が住み着いてしまったために行動の制限が非常に厳しくなっている。
ゴブリンの中には魔法使いも多くいるため、検問などがまともに機能しないようだ。
今回の件はすでに世界中に知れ渡っているという事もあり、中国は難しい対応を迫られている。
一部、特に日本などのネット上では「中国は人間ごとゴブリンを虐殺する」という説が実しやかに囁かれており、Xデーまであと1ヶ月、軍が動く準備が終わり次第行動に出るだろうと多くの人が予測している。
過去の実績から見ても否定しにくいこの話に、世界中が注目している。




