動く世界、巻き込まれた僕
ゴブリンたちの中で、魔法使いが一気に増えだした。
魔法の杖が魔法使いになるためのキーアイテムだったらしく、これまで魔法を成功させることができなかったゴブリンも、簡単な魔法なら使えるようになっていた。
ただ、魔法が使える事とスキルを得る事は違うようで、杖無しで魔法が使えて一人前という判定がなされているようであった。これは信綱の≪日本語≫スキルの有無からも推測出来た事なので特に不思議ではない。
杖有りなら魔法の練習をできる訳で、以前よりは難易度が下がったんじゃないかな。
穴掘り用の≪土魔法≫ゴブリンも杖さえあれば実用レベルのお仕事ができるし。簡単な≪水魔法≫≪火魔法≫が使えれば風呂を用意するのが簡単になる。
村の環境は一気に改革されるだろうね。
その後もちょっとずつスキルを揃えたり、日本円を補充したり、出雲の面々の新スキルの検証をしてみたり。宝箱経由の白オークもずいぶん増えた。
ベビーラッシュの対応はほぼ人任せだったけど産休を終えた義姫が久しぶりにパーティに復帰したりと。
僕らは着実に力を増していく。
そしてそれとは別に、僕らのあずかり知らぬところで一つの転機が訪れた。
中国の南部で、ゴブリン王国の発見がされたのだ。
中国とは広大な国土を持つ大国である。
ただ、人の居住可能な場所というのは意外と少ない。国土が広いのだからと未開発地域が酷い事になっている。大体が海岸沿いを中心に発展し、人が集まるようになっている。
例えば中国最大の省である青海省では1平方㎞の人口密度が10人未満と、このように、ほとんど人が住んでない土地ばかりという所すらある。土地面積が20分の1以下の海南省と人口を比較すると、青海省の方が劣るという統計もある。
よって中国内陸部というのは住環境の厳しさに目をつぶれば、それなりに隠れ住むところがあったりする。
今回はそんな住むに厳しい山の中に、ゴブリンの王国ができていたというニュースが取り上げられたのだ。
しかも、発見したのはヨーロッパのとある冒険登山家。ヒマラヤも制覇したような、業界の有名人という奴だ。僕は初めて聞く名前だと思うけど。
この王国がただ発見されただけなら、中国の軍が攻め入ってゴブリンを虐殺し、それで話が終わる。
ニュースで取り上げられた問題は二つ。
人権活動家と動物愛護家がゴブリンの虐殺に待ったをかけた事。
ヨーロッパは人権意識が強く、命を奪う事に拒否感を示す人が多い。彼らがゴブリンの事も保護すべき異種族だと強く主張しているのだ。外来生物だから殺してしまえというその考えを真っ向から否定している。
そういう彼らの中には大企業の関係者も多く存在し、中国製品の不買運動を繰り広げている。
これには中国高官も顔を真っ赤にして否を突き付けている。内政干渉だと言わないのは、人権活動家は政治家ではなく民間人だからである。
ただ、民間人の自由意思による経済的な締め付けは中国にとって痛手であり、今後、どのように妥協をしていくのがが見ものだ。
もう一つの問題は、ゴブリンはコミュニケーションが可能で、共存の意志を示していた事。
≪中国語≫系の言語スキルを持っていた事に加え、人間に敵対の意志を示していないのだ。自身が弱い立場であることに理解を示し、ゴブリンを統率している女王の、大幅な譲歩すら認めるといった趣旨の発言がネット上に流れているのだ。
政治レベルでは沈黙を守る国が多く、賛同も否定もしない国が多い。
ただ、民間レベルでは「ゴブリンを守るべきだ」という、そういった論調がかなり強い。世界の中国嫌いもそれに拍車をかける。
いずれは国を動かしていくだろうことが予測された。
どちらも民間人の話であるが、前者は狂信者的な存在であり、後者は国を動かす種類の存在となる。
この場合、厄介なのは圧倒的に前者だ。
国民がいくら騒ごうが内政干渉になるからと政治家が口を噤める(そして中国はなにを言われようと無視できる)後者と比べれば、即効性の実害がある狂信者たちは、誰にもコントロールできない特性と相まって最悪の存在となる。しかも彼らは自身の正義に従い命がけで動くから厄介だ。
中国がいずれ採るであろう最悪の手段――ゴブリン大虐殺がいつ強行されるかは知らないが、彼らが現地に滞在している以上、どうあがいても大問題にしかならない。
そして、それが問題になると分かっていても中国はやるだろうと、そんな噂話がネットとリアルのどちらでも、そこら中でされている。
ここまでは、僕に関係ないような話のはずなんだけど。
なぜか僕の所に召喚状が届いた。
ゴブリンの専門家に話を聞きたいらしいよ。
なんでだよ!




