オーヴァーランダー
うっそうと木々が覆い茂る森の中。
僕の目の前にいるのは小学生ぐらいの人型で、だけど人間ではない生き物。
緑の肌に髪の毛の無い頭。開いた口は耳の近くまで裂けていて、耳は笹の葉のように尖り、目はまんまるで顔の割に大きい。チュートリアルだからだろうか、こいつらには衣服という概念が無いのか知らないけど全裸であり、腰のイチモツがプラプラと揺れている。
そしてありがたい事に武器を持っていない。素手だ。
ネットでは石を投げてくる奴やこん棒を持っていた奴もいたけど、伸びた爪を使って引っ掻こうとしているだけ。
こいつの名はゴブリン。
僕が殺すべき敵である。
手にした武器は金属の棒。トラスコ平バールと呼ばれる工具で、長さは500㎜。
戦闘用に加工した方がいいというアドバイスに従い、グリップには専用のテープが巻いてある。
お値段は送料込みで1200円と安かったが、ネットで勧められる程度に頑丈であり使い勝手が良く、今は何よりも頼もしい。
「キシャァァ!!」
ゴブリンは奇声を上げると、僕に向かって飛び掛かってきた。
肉薄してきたゴブリンに対し、僕はバールを突き出す。
これは攻撃しようと思ったわけではなく、ただ単に怖かったからだ。半ば反射的に突き出したバールの先端は真っ直ぐ尖った方で、槍のようになっている。研いでもいないから本当に槍のようという訳じゃないけど、それでも人を相手に向けていいものじゃない。
バールはゴブリンが飛び掛かってくる勢いをそのままに、ゴブリンの眼球に突き刺さり、そのまま脳をかき回した。僕の持つ腕がしっかり支えていなかったから、頭蓋骨に当たった拍子にバールが揺らされて、結果としてトドメを刺したのだ。
「はは……勝てた。何とかなったよ」
僕は震える手からバールを落してしまったけど、なんとか血の臭いに耐えてみせる。
そうして勝ったと口にすることで、途絶えそうになる意識を繋ぎとめた。
ゴブリンの体は臭く、そこに血の臭いが混ざって吐きそうな程気分が悪い。鼻の下に塗ったタイガーバー○のおかげでギリギリ耐えられる、そんなところかな。
命を奪った時の感触は、ありがたい事に覚えていない。襲われたあの瞬間は頭が真っ白になったから、そんな事に意識を回せなかったんだ。実感が無い方が助かるんだし、それでいいじゃないか。
【ゴブリンの撃破を確認しました。
チュートリアルを終了します。
報酬をホームで受け取ってください】
どれぐらいそうしていたんだろう?
立ち尽くしていた僕に、抑揚のない機械的な女性の声でメッセージが届いた。
「戻ろう。何とかなるって分かったんだ。大丈夫、僕は家を守ってみせる……」
僕はバールを拾うと、こびり付いた血やそれ以外をトイレットペーパーで簡単に拭い落とす。
そしてそのままダンジョンを出て、ホームに向かうのだった。
――これは僕が僕の家を守るための物語。
――戦う事を選んだ弱い僕の物語。
“オーヴァーランダー”
――それは世界を越えた先で戦う、愚か者に与えられた奇跡。