女王の憂鬱
その事件に、国の意志が関わったという事実は無い。
が、国に属する誰かが動けば、それを国の代表や意志のごとく扱う者がいるのもよくある話だ。
つまりだ。
とある日本人が、中国人の少年に、日本国内で刺された事件は無駄に大ごとになった。ネット上だけで話が済みそうにない所まで炎上している。
本人の意志とは無関係に。
それはそれとして。
中国南部、某所。
万を超えるゴブリンの集団が、大都市を、いや、国を作っていた。
こんな大規模な事をしていれば衛星写真で分かるのではないかという話もあるのだが、なぜかこの国は、都市は衛星には映らない。運営の情報保護がかかっていないのに。
国ほどの規模となると、それを取りまとめる国王が存在する。
彼女は他の誰よりも大きな体躯を持ち、ゴブリンの誰よりも賢く、強大な魔法を扱う、支配種のカリスマを持つゴブリンの女王。“ゴブリンクィーン”と呼ばれる個体だ。
クィーンはゴブリンたちを取りまとめるただ1匹の存在だ。
王者たるクィーン。
その彼女は、国民であるゴブリンの愚かさに頭を悩ませていた。
「人間、殺す!」
「復讐! 殺す!」
ほとんどのゴブリンは人間に虐げられてきた逃亡民である。
よって人間に深い恨みを持っている者が多く、人間との戦争を強く望んでいる。
ただ、クィーンは「人間には勝てない」とはっきり理解している。
人口、技術力、その他諸々。全てにおいて勝ち目がない。
勝てるのは繁殖力と成長力ぐらいだが、土台となるモノに多くの差があればそれは誤差でしかない。すり潰されて終わりなのだ。
付け加えるなら、彼女が匿えるゴブリンの数は10万を超えない。
もしも蛮勇を持って挑めば、絶滅するしかないだろう。僅か、細々と隠れ住むのが精々だ。
女王たる彼女は戦争など認める訳にはいかない。
王たる者は、滅びを望まぬものなのだ。
彼女の一番の仕事は、ゴブリンによる自治を認めさせる為の交渉を人間国家と行うために、何が必要か考える事だ。
その為の一番は、仲間の数を増やす事である。
可能ならば自身と同じ支配種を産み、その子に新たな国を作らせたい。
国の数が増え、無視できない勢力を作り上げる事が出来れば。
たとえこの国が滅んだとしても、どこかで再起できる勢力があれば。
それはこの地球で生きるゴブリンの希望になる。
次に人間国家とコンタクトを取る事だが、これは勢力が一定以上でなければ時期尚早である。
無視できる程度の勢力しかなければ滅ぼされて終わるだろうからと、今は雌伏の時なのだ。
ゆえに、今は自身の伴侶を見付ける事が肝要である。
「どこかに良い殿方はいないのかしら?」
支配種というより雌の本能なのだが、伴侶に値する雄を見分ける能力がクィーンら支配種にはある。
そのお眼鏡にかなう相手を、まだ見ぬ愛しの君を想い、クィーンはため息をつくのだった。




