ゴブリン・ドリフターズ
そのニュースに、世界が震えた。
『中国で野生化したゴブリンが発見される
オーヴァーランダーのプレイヤーによる違法繁殖が原因か』
中国は世界でも圧倒的な存在感を放つ、大国である。
世界のどの国も、中国を無視した戦略を持たないほど、中国という国は「大きい」からだ。
さて、その中国の強みは何なんだろうか?
世界三―四位の国土面積?
世界一の人口?
そうではない。
世界一の、穀物輸出国という点だ。
世界の食糧事情を支える大黒柱であるという点こそが、中国の強みである。
中国の穀物輸出が停止されると困る国が多く、中国、アメリカ、インドの上位3か国だけで世界の約4割近い穀物を生産していると言えば、その凄まじさが分かるだろうか?
その中国だが、オーヴァーランダー普及後ではずいぶん事情が変わってしまった。
食糧生産量が、目に見えて落ちたからである。
世界一の穀物生産量を誇る中国だが、二位のアメリカとは生産体制が大きく異なる。
アメリカが広大な土地で飛行機やヘリなどを使い農薬散布を行うのに対し、中国では人海戦術を使うところが多いという点だ。
アメリカに比べ、中国の農業分野は大規模農業化・機械導入が遅れているのである。
これまではそれでも良かった。
中国はその人口の多さが関係し、アメリカに比べ人件費が安く済んだからだ。
しかしそれがオーヴァーランダー普及に伴い、一部の貧農がオーヴァーランダーをプレイし収入を得るようになると、農業従事者が確保できなくなったのだ。
日本とはベクトルが違うが、農業離れが一気に進んでしまった。
結果として、中国の豪農は小作人を確保できずに、土地を持て余すようになったのである。
そんなとき、一部の豪農は考えた。
ゴブリンなど安く手に入るモンスターを持ち込み、小作農にしてしまおうと考えたのだ。
ゴブリンの持ち込み費用は2000Pと、日本円にして200万円相当である。
しかし番で持ち込み、繁殖させれば4000Pで済む。世代を重ねれば十分に元は取れると、その豪農は考えた。
そうやって増やされたゴブリンは食事さえきちんと与えていればちゃんと仕事はするし、よく働いた。
オーヴァーランダー世界に食料を持ち込むわけではないし、どれだけ増やしても構わないとばかりにゴブリンは増やされた。
遺伝子的にアウトのような行為も多々繰り返され、時に人間の母体まで使用され、ゴブリンはどんどん増えていったのだ。
そうして増えたゴブリンは他の豪農などにも販売され、この事業を始めた豪農は、農業などそっちのけでゴブリン販売に勤しむほどであった。
だから。
途中で逃げ出したゴブリンがいたことに気が付かず。
そのゴブリンが自分たちだけの集落を作るに至ったことすら分からなかった。
ゴブリンたちが、仲間を救うまで。
この事件が発覚したのは、ゴブリンの販売を行う奴隷商人がゴブリンの反撃を受けたことが広まったからだ。
ゴブリンたちが監視の人間を襲い、仲間を逃がしだしたのがきっかけなのである。
中国政府もこの事態を把握しておらず、地方の一高官が賄賂で見て見ぬふりをしていたことで事態は深刻化した。
豪農が私兵を使い内々に事を収めようとした結果、ゴブリンたちは敵の銃火器を奪い、世界中に散り散りに逃げ出したのである。
こうなると、もうゴブリンを殲滅するなどできない。
まだ豪農の下で働かされているゴブリンもいるし、ゴブリンが知性ある人型生命体であることから人権保護団体が保護を訴え出たというのもある。
すでに収拾がつかないほど、ゴブリンはユーラシア大陸中に逃げ出してしまった。
もちろん、こういった行為を行っていたのが中国だけとは限らない。
中東のとある国ではゴブリンを兵士として使っていたし、亡国の宗教テロ組織も人型爆弾としてゴブリンを採用していたりもした。
どこの国も、生命の尊厳を無視し、ゴブリンを都合のいい道具として使っていたのである。
それが中国の事件をきっかけに、表に出はじめた。
すべては遅すぎたのである。
日本やイギリス、近くで言えば台湾など島国では不思議とこういった事に手を染めたものが全くいないのだが、大陸はゴブリンが定住し始めるようになった。
なって、しまった。




