信綱の進歩
朝。
目を覚まし部屋を出ると、ドアの前で信綱が土下座をしていた。隣には困った顔の誾がいる。
どういうこと?
「長様。信綱はここ最近の態度を反省し、心を入れ替えると言っています。
先日まで長様に気を遣われたこと。そこから反省し、またダンジョンに挑むと言っています」
信綱が頭を下げたまま色々と言っていたので誾に翻訳を頼むと、僕にとってありがたい回答が返ってきた。
ただ、喜ばしい事なのに素直に受け取れない自分もいる。
気を遣わせただけかな、って。
心理的に追い詰めてないかなーって気もするのだ。
うん。
このことはこれ以上考えるべきではないかな。
結果が出ちゃったんだから考えたところでどうにもならないし、何かあった時は挽回すればいい。
気持ちを切り替えよう。前向きに行くべきだ。
僕がそうやって思考を切り替えると、驚くことが起きた。
「オサ。オレ、ガンバル。ダイジョウブ」
「信綱?」
「ダイジョウブ」
信綱が、日本語で喋ったのだ。
これまでのグギャグギャ言っていたのとは違い、ちゃんと聞き取れるレベルの発言をした。
僕は慌てて信綱のスキルを確認するが、その中に≪日本語≫スキルは無い。
「長様、信綱は≪日本語≫スキルを得るために頑張っているのですよ。これはその成果です。
まだ語彙は少ないですが、ちゃんと通じますよね?」
「オレ、ニホンゴオボエル。ガンバル」
驚く僕に、誾が種明かしをした。
どうやら彼女が手を貸していたらしい。信綱は、僅かだが日本語を喋れるようになっていた。
もしかすると、それが自信につながり、今回の謝罪をする切っ掛けになった?
自分の中にできた新たな“芯”で立ち直ったから、その報告に来たって事かな。
僕はそれでも生えてこない≪日本語≫スキル獲得への疑問とかを横に置き、ひとまず言うべきことを言う事にした。
「うん、これからも頼むよ。信綱」
信綱は鍛冶の仕事もあるから、次回の集落襲撃について行ってもらい、その結果次第で迷宮探索に復帰させるという約束をした。
迷宮のレンガ回収隊に連れて行くことも考えたけど、入り口付近では白ゴブ相手に戦うことも滅多にないし、戦闘が無いなら行かせる理由もないし。
信綱のトラウマはスケルトンとの戦闘だからねー。
だから今日の信綱の仕事は鍛冶仕事。
錆びた鉄の剣を赤くなるまで熱し、ハンマーでブロック状に成型する作業をしている。
一個作るのに1時間ぐらいかかるので、とても体力と魔力を消費する。効率の問題で休憩を挟むこともできないし、終わってから2時間は休まないと動けないほどだ。
あまりに過酷な仕事だからか、アビリティに≪熱耐性≫≪体力回復促進≫≪魔力回復促進≫といったスキルが並んでいるほどだ。
ちなみに、鍛冶仕事をしている最中の信綱は度の無いサングラスをしている。
鍛冶仕事の最中の、熱せられた鉄を裸眼で見るのは危険だからね。飛び散る火花を長時間見ると失明するっていうし。実家の近くにあった溶接工の人も、何かよく分からないゴーグルをつけていたよ。
……ファンタジー系の小説で、そういった目の保護を気にしていた物ってあったかな?
気にする事でもないか。
仕事中の信綱は僕に気が付くと、頭を下げてから作業に戻った。
鉄は熱いうちに打てって言うから、それ以外に時間を取るわけにはいかないのだ。
僕は信綱の邪魔になるからと、無言で手を振ってからその場を離れた。
背を向け歩いていると、なんとなく、信綱が僕に向けて頭を下げた気がした。
信綱はもう大丈夫だと、そんな気がしたよ。




