魔法ゴブリン・藤孝
魔法。
それは長い間、信綱だけの特権だったスキル。
誾も使えるようになったとはいえ、僕らの中では特に希少なスキルだった。
その特権階級に、僕ともう1匹のゴブリンが参入したのである。
単純に魔法使いは、2匹から1人と3匹と、倍の数に膨れ上がった。
そして。
「火と水を出せて、あとは風の強化かー。万能だね」
「はい。熟練度は信綱に劣りますが、魔力量が多いので追いつくのも時間の問題かと思われます」
ゴブリン・メイジとして扱う事にしたこの刀、「細川 藤孝」と命名して準幹部に引き立てた。ちなみに、雄である。
立ち位置としては、同じ準幹部でも≪日本語≫スキル持ちの弥九ら3匹よりやや下の扱いである。そこはもう、昇進した順番で席次が決まるという事で。功績次第では扱いをもっと引き上げるんだけどね。
この藤孝、魔法使いとしてはかなり優秀らしい。
≪火魔法≫スキルに目覚めた後、すぐに≪水魔法≫で火の代わりに水を出すことに成功し、団扇などで扇げばありえない強さの風を生み出す≪風魔法≫まで使えるようになったのだという。
そして魔法の連続使用時間に至っては信綱の倍以上と、完全に魔法特化の才能を持っていた。
信綱は魔法のみならず、森林での戦闘なども得意だったんだけどね。才能が偏っているからここまで魔法が得意なのか。そこの所はよく分からない。
ちなみに僕の魔力量は信綱よりやや上だけど、藤孝の6割かそこら。そう、凄いという事は無いと思う。
藤孝は、もとは信綱の直属の部下みたいな立ち位置だったみたいだけど。これからは信綱とは別チームのリーダーに据える必要がある。
と言うのも、僕らは魔法スキルに関する理解が低く、効率よく魔法使いを増やす方法の模索や、魔法そのものの可能性を考案する必要があるからだ。
部下はあまり付けてやれないけど、今後のためにもぜひ頑張って欲しい人材となったのだ。
信綱の場合は、鍛冶の方が優先されたから魔法使いとして運用していくつもりが無かったんだ。
魔法と鍛冶では鍛冶の方がとっつきやすいというか、覚えられそうに思えたからね。鍛冶のついでに魔法を鍛えたり可能性を模索したりと、補助的に、兼業で任せていたわけだ。
ただ、こういった新しい人事は信綱も思うところがあるようだ。
信綱にしてみれば、彼が日常的に魔法を使う仕事をしている唯一のゴブリンだったわけだが、藤孝と言う自分の元部下が魔法の力を認められ独立したわけで。
好意的に考えれば「部下を一人前に育て上げた」と言っていいけど、悪い方に考えると「(魔法の分野においてだが)部下に追い越された」という事もできる。
今の信綱は悪い方に物を考えているように見えるんだよね。
俺個人の考えでは、信綱と藤孝では信綱を優先する。
藤孝の魔法能力は確かに貴重だが、信綱はこれまで一緒に戦ってきた実績と信頼があり、それは他の誰にも負けない絆でもある。トラウマなどという些細な傷では切れないものなのだ。
だから藤孝の能力を認めて重用するのは信綱への信頼などが揺らいだという訳じゃないんだけどね。そこは感情論だけに自分でもどうにもならないみたいだ。
こういう時、言葉の壁が厚いと感じる。
二人きりで、腹を割って話し合う事もできないんだからね。
誾を間に挟んでなら話もできるけど、それじゃあ駄目なんだよ。もっとこう、思いをぶつけ合いたいんだ。
ここは最終手段、肉体言語で分かりあうしかないのかなぁ?




