トラウマ
信綱の傷は魔法と薬で完全に回復した。
けど、それは物理的な、体の話だった。
心の傷まで癒せるものではなかった。
剣やら鎧やら、戦利品をたくさん持ち帰った僕らは、明るい所で物を見て顔をしかめた。
錆びている、ボロい装備とは迷宮でも思ったよ。でも、それはそこそこ使えるレベルのボロさだと思っていたんだ。
現物はいつ壊れてもおかしくない状態で、錆びているだけでなく、例えば剣は僕が全力で力をいれれば折れるとか、そこまで酷い状態だったんだ。
これ、一回融かさないとダメだね。打ち直しとか絶対に無理。
僕は戦利品を信綱に任せて鉄の材料にしてもらおうとしたけど、預かった信綱は剣を手にすると、いきなり吐いた。
「ゲエェェ……」
「信綱!?」
僕はただ、戦利品の剣やら盾、鎧などを渡しただけだ。信綱が吐く理由が分からない。
困惑する僕を横に、慌てた誾がやって来た。
「長様、信綱は……先の戦闘で心に傷を負ったようなのです」
誾の声が遠い。
「あの時に、信綱はほぼ死にかけていました。
それを治した時の事を思い出すと、体の震えが止まらないと。
信綱は、もう、戦えないかと」
僕の体から力が抜けた。
助けたと思ったんだ。助けられたと思ったんだ。
でも、信綱は助かっていない。今も恐怖に苛まれている。
きっと、僕では助けられない。
考えてみれば当たり前だ。
死にかけても、またすぐに戦えるとか、普通はあり得ない。
戦うことが怖くなっても仕方がないんだ。
「長様。信綱は、今後、どうなりますか?」
誾は僕に、不安そうに問いかける。
そうか。
信綱が戦えなくなったなら、信綱は戦力外であり、幹部としてそのまま残すのかどうかという判断を迫られる。
下手にそのままの待遇というのは良くない。
働かずに食っていけるなら働きたくないと、他の連中がそんなことを考えるかもしれない。働き盛りを過ぎた老ゴブリンならいいけど、まだ働ける、戦える年齢の信綱がそれでは示しがつかない。幹部特権で押しきるのも難しい。
かといって冷遇したくない。
ここまで一緒にやって来た信綱を切り捨てるのも不義理だ。若い連中に、将来の不安を感じさせる。
戦えなくなった者への対応。
保障が多ければ働く意義を見失い、保障が少なければ人生の先に不安を抱かせる。
完璧な対応などないけど、自分なりの結論でみんなに向き合わないといけない。
自分なりにビジョンを提示して、ここではこうするみたいな事を言わないと。
難しいね。
これが日本なら社会常識を基準にするだけなんだけど、文化や歴史の無い僕らには、そんな基準になるものなど一切無い。
僕のワンマン経営なんて生易しいものでもなく、ここで僕が社会の基準の第一歩を作る訳なんだよね。
法律も作らないとってこの間考えていたけど、ここでさらに難しい問題まで出てくるとね、泣きたくなるよ。
大学中退には、荷が重すぎると思わないかな?




