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第9話 最悪の人生には最悪の信仰だけが救いだった 3


 ユイトエルブ大陸において、魔力の高さは地位に直結した。

 貴族の家系であっても、魔力の高い者が生まれにくくなれば、婚姻においても低い家格として扱われた。

 平民の家系であっても『中級勇士』なみに高い魔力を持つ者が何代も安定して続けば、下級貴族から婚姻話を持ちかけられた。

 一代限りであっても『上級勇士』なみに突出した才能であれば、没落寸前の貴族が婚姻に賭ける可能性はあった。

 しかしその才人が、犯罪者より悪名高き『狂風勇士隊』となれば話は別である。


「じゃが言いかたを変えれば、悪名さえなければ、見た目もだいぶまともになったことじゃし、もらい手は探せそうなんじゃがのう」


「たしかに、ギブファットは人並みの食事と睡眠をとるようになって、顔も意外と……しかし頭の中身があのままでは……結局は『接獄せつごく迷宮』も無駄足のようだったし……ん? 貴様、なぜついてきている?」


『狂風勇士隊』の四人は地下市街まで引き返していたが、ワラレアは背後で聞き耳をたてているデューリーフをにらんだ。


「いや、兄貴がいっしょに来いって……」


 ギブファットは『燎原りょうげん勇士隊』の残り五人も引き連れ、出店へ大量の注文を出していた。

 ウィンシーは荷車に食糧を山と積み上げて片手で引きながら、大根を丸かじりしている。

 ワラレアはため息のあとで舌打ちした。


「おい勝海かつみ……ではなかったウィンシー、見張りを頼んだのに、いったいなにを……というか、いくら貴様でも、この量を食うのは明日までかかるだろう? ……かかるよな?」


「それより恵太けいたどのはなんの注文を……食べ物ばかりだのう?」


 リルベルはギブファットの手にある注文控えの束をのぞき見る。

 ギブファットは勝手に先へ進み続け、ワラレアは渋々と追う。


「ウェイブライト将軍にもらった金貨の四分の一も使わないで払えるが……こんな量をいったい、どんな嫌がらせに使うんだ?」


「どうやら帝都孤児院へ向かうつもりのようじゃのう?」



 地下市街のごみごみした住宅地の突き当たりには金型工場と瓶詰工場、それに廃棄物処理場の高い塀が見えていた。


「このあたりはギブファットが長居を好まなかった『貧乏くさいやつらの吹きだまり』ではないか。そこまで嫌っているなら、わざわざ金をかけないでも、追いつめかたはいくらでもあるだろうに……虫でもおびき寄せるつもりか?」


「それはギブファットどのの発想であって、恵太どのは違う考えでは?」


「まさか……あの食料をそのまま孤児どもへばらまくような凶行に走る気か?」


 ワラレアは憎悪をこめて荷車をにらみ、鎖鉄球を握りしめる。


「待て待て。これもギブファットどのが治るきっかけになるやもしれぬ」


「昔の思い出をなぞらせるだけで、本当に効果などあるのか?」


「ほかに方法もあるまい……それと露葉つゆはどの」


 リルベルは背を向けたまま、少し離れて聞き耳をたてていたデューリーフを指す。


「わかっておるとは思うが、わしは『燎原勇士隊』の隠れ家をみっつ、お仲間さんも知らないヘソクリを二ヶ所ほど知っておる。いっしょに隠してある本四冊の題名も記憶しておる」


 デューリーフの顔がこわばり、青ざめ、真っ赤になる。


「いや、後輩としてギブファットどのを気にかけておるならかまわんのじゃ。しかしなにか気がついたことでもあれば、わしに教えていただけるとありがたい」


 リルベルはニタニタと近づき、うなだれるボサボサ赤毛をなでる。


「それと、お仲間さんも余計なことは口外せぬよう、徹底させておくように」


 この程度の脅迫はワラレアにとって見慣れた日常風景で興味もないが、かつてその悪行を主導していた男が孤児院の後輩たちと明るく話す笑顔は苦々しくにらんだ。


小鈴こすず……いやリルベル。いくら『幻想奇書』に影響を受けたからといって、なぜ人格があれほど真逆に変わる?」


「真逆かのう?」


「なに?」


「よく動いて周囲をうまく巻きこみ、しかしやりすぎてしまう危うさ……根本は近そうじゃ」


 リルベルのつぶやきで、ワラレアの胸騒ぎは強まる。


「あくまで元の性格に根ざした演技、と言いたいのか?」


 その声にはかすかなおびえが混じる。


「演技かのう? もしあれも、心の奥底には元からあった人格だとしたら……」


「そんなことあってたまるか! 主人公が転生する物語でもあるまいし!」


「ん? 水希みずきどのも『幻想奇書』を読みはじめておるのか?」


「やつの治療のため、しかたなくだ。荒唐無稽すぎて……聖神教団の教典よりは読みやすいが……もし前世があるとしたら、やつにはヘビかネズミの魔物こそお似合いだ。そもそも『神の楽園』や輪廻転生など、あらゆる宗教が最初に使うだまし文句ではないか」


「じゃがそれも、魔力の才能なく生まれた者が、しあわせに生きる役には立っておるじゃろう?」


「実に貴様らしい皮肉だ。生まれ変われば、あるいは前世なら、高い魔力や良い血筋かもしれないなどと、ありもしない希望を持たせて一生こき使うには都合が良すぎる、悪趣味を極めた冗談だ」


 ワラレアは工場敷地に挟まれた孤児院が近づくほど不機嫌になり、礼拝堂の静謐な内装へ踏み入ると声も荒くなった。


「そんなだから一生、地べたを這いずりまわる……そう吐き捨ててあざ笑ったあの男は、どこへ行ったのだ?」



『狂風勇士隊』の侵入に孤児たちは泣いて逃げ散るが、デューリーフが説明し、入ってきた荷車に満載の食糧と、市場から運ばれてくる追加の品も見ると、歓声をあげて群がってくる。

 ワラレアはリルベルに押され、礼拝堂の隅に座って怒りをこらえた。

 ウィンシーは黙々と荷車の積載物を自分の胃袋へ移した。

 奥から神官着の女性が現れ、呆然とした表情を見せる。


「ギブファットくんなの? これはいったい……」


「いきなり押しかけちゃってごめん! ひさしぶりに、顔を見たくなってさ!」


「そ、それはうれしいのですが、ここにはあんな大量の注文を払う余裕など……」


「やだなあ。親代わりに俺を育ててくれたんだから、あれくらいの手土産は受け取ってくれよ!」


 長い黒髪の神官は『親代わり』と言うには若すぎ、柔らかな色白顔は期待と不安でゆれていた。


「ギブファットくん? どうしたのです? 勇士になると言って、出て行ったきりだったのに……いろんな噂も聞いていましたが……」


「やっぱり心配かけていたか。ごめんよ。でも寮生活をしてみて気がついたんだ。ここではずいぶん世話になったのに、まだなにも返せていないって……俺はまだ、ここで『ただいま』と言ってもいいのかな?」


「まあ……おかえりなさい。あなたはいつでも、このクリアレイクの子なのですから」


 神官は涙ぐんでギブファットを抱きかかえ、目立って豊満な胸を押しつける。

 ワラレアは暗くうつろな目でつぶやいていた。


「貴様はそんなやつではない……いつでも死んだ魚のような目をして、ニヤつく時すら顔をそむけて苦々しそうにしていただろ……」


 大きな歯ぎしりにリルベルは身震いして距離をとる。


「しかし案外、あのままのほうが貴族うけは良いかもしれんのう? 世間知らずがこれまでの悪評を多少なり疑ってくれたら、縁談も考えてくれるかもしれん」


「そんなものになんの意味がある? 私たちは成り上がるにも、私たちらしいままで成し遂げなければ……」


「どこかで聞いたセリフじゃのう」


 リルベルがワラレアの重苦しい気迫からさらに距離をとると、こりずに近くで聞き耳をたてていたデューリーフにそでを引かれる。


「ワラレアの姉御って、隠しているけど貴族だろ? 無茶して成り上がる必要なんてあるのか?」


「極秘情報じゃが、母親はかなりの名門らしいのう。じゃが父親は平民で、魔力も低かったようじゃ」


「そんな縁談、なんで認められたんだよ?」


「さあ。認めがたいであろう組み合わせだけに、ワラレアどのが身内やほかの貴族から、どう扱われて育ったかも想像できん。なにをやり返したいのかもわからん。この秘密を知ってしまったデューリーフどのがいつまで無事かもわからん」


「えっ、ちょっ……!?」


「さて、治療効果があったかどうかはわからんが、わしはそろそろ失礼せねば。今日はいろいろと忙しいのでな」


 リルベルが声をかけると、のっそりとワラレアも立ち上がる。


「私もそろそろ約束の時間だ。しかしまたウィンシーだけ見張りにするのは不安だな……下級勇士でも、いないよりはマシか?」


「あ、はい。がんばらせていただきます」


 デューリーフは鋭く乾いた視線を向けられ、即答敬礼していた。



 祭壇の前では帝都最強の剣士が若い神官の涙をぬぐってほほえんでいた。


「まだ子持ちなんて年じゃないだろ。清湖きよこねえさんは今が一番きれいだよ」


「えっ……な、なんでしょう。急に発熱と不整脈が……呼吸不全も……」


「どこかで聞いたセリフじゃのう」


「やたら感染しやすい病原菌だな?」


 ワラレアはいまだに症状の原因を自覚していない。


「清湖ねえさんのことだから、どうせ今でも働きすぎなんだろ? 今日はもう、休んだほうがいいよ。俺はまたそのうち、家庭訪問するから」


 ギブファットがウェイブライト将軍の財布の中身をすべて寄付箱へ流しこみ、ワラレアはいつの間にか切り離されていた腰の財布紐に気がつく。


「うっ……しまった! よからぬ手癖の技巧も健在だったか!?」


「まあまあ。あとで騎士団から妙な因縁をつけられることを考えれば、あれでも悪くはなかろう」


「くっ……もう行くぞ!」


 声をかけたウィンシーはそろそろ荷車の積載物を半減させる勢いだった。



「今日は駅前のコンビニでバイトしていたら、店長が教頭先生でATMをくれたんだ」


「そ、それは軍事用語ですか? でも寄付をこんなに……いったい私は、どうお礼をしたら?」


「また帰ってきた時に、ねえさんといっしょに食事をできたら十分さ。あとはお風呂も……」


「爽やかな照れ顔で言うことではないのう」


 リルベルが杖でぽくぽくとギブファットの後頭部をたたくが、クリアレイクは顔を赤くしてとまどう。


「そ、そんなことでよいのでしたら……」


「貴様も少しは考えてものを言え上級神官!」


 ワラレアはクリアレイクがくねらせる豊満な体型に言い知れぬいらだちをおぼえる。

 デューリーフはふてくされたように顔をそむけていた。


「ちぇ。なんだよ結局、院長ババアを手ごめにしたいだけか…………あれ、変だな。なんだか心臓の調子がおかしいや。息苦しいし風邪っぽいし涙まで……」


「いやもう、そういうのはいいから」


 リルベルはめんどうそうな顔をしつつ、いちおうは背中をぽんぽんとたたいてはげます。




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