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第7話 最悪の人生には最悪の信仰だけが救いだった 1


 ユイトエルブ大陸において、人間以外の生物は体内に発生する『魔力』を制御できず、高い魔力を持った個体は異常な急成長が突発し、攻撃性も過剰な『魔物』となった。


 大陸の各都市は長大な城壁に囲まれている。

 城壁から遠い農場ほど労働者は身なりが貧しく、体もやせていた。

 ネズミのように大きな『魔虫まちゅう』の群れが襲いかかっても、それが数匹や十数匹程度なら、持っているすきかまで始末する。

 城壁や見張り台にいる兵士たちは見向きもしない。


 犬のように大きな魔物が暴れていると兵士は位置だけ確かめるが、やはり動くことはない。

 それは『魔獣』と呼ばれる魔物の中でも小さな、ネズミの変異体だった。

 一匹であれば、農具でも数人で囲めばしとめられる。

 農作業の道具カゴには短槍や弓矢も入っていて、化け物ネズミが近づく姿に気がつくと取りに行く。

 しかし化け物ネズミが何匹もの群れで突然に現れると、対処しきれない。


「あきらめるな! 勇士隊が来るまで、手だけは止めるな!」


 自分の身を守って武器をふりまわすだけで精一杯になり、複数に飛びつかれたらそれまでだった。


 兵士は労働力を失いそうになると、ようやく警笛を鳴らす。

 城塞都市を守る『騎士団』は、城外で働く下層民がどんな目に遭おうと、出動することはない。

 農場や街道に配置される騎士団の兵士も、都市へ近づく魔物の警戒が主任務であり、下層民を救助して大型魔獣の接近を見逃せば厳罰となる。

 代わりに駆けつける王立傭兵部隊が『勇士団』である。


 しかし地上へ出動する部隊は『見習い勇士』と呼ばれる未熟な新参者が多い。

 体格も技術もばらばらで、農民との違いは支給された簡素な槍と革鎧だけ。

 出撃を命令されたから。

 功績がなければ、囚人と変わらない生活水準だから。

 恐怖に絶叫しながらでも、突撃できるだけ。

 その気迫で化け物ネズミ一匹をひとりで仕留められることもある。

 しかしやはり複数に飛びつかれると、たいていは助からない。


 帝都において『見習い勇士』が数日にひとりは遺体となり、霊柩リヤカーで運ばれる光景は日常の一部だった。

 通行人は道を譲り、笑い声こそ控えるが、黙祷を捧げる者さえめったにいない。

 高級自転車の豪奢な客車でふんぞりかえる高位神官などは、いらついた様子で運転手を急かした。


「わざわざ停車しなくても、ぶつけなければ十分だろう?」


 通りかかった長い黒髪の色白女性は、同じ地位の神官服を着ていながら、買い物カゴを手に多くの貧しい子供を引き連れ、静かに合掌する。

 荷台に載せられた血まみれの麻袋を見送ったあと、高位神官の送迎車を暗く冷えた瞳で追い続けた。


 少し離れた路地からも少女がひとり、薄汚れた黒塗りの霊柩車を見かけ、手を組んで目を閉じる。

 足を止めていた時間は短く、深くかぶった大きすぎる帽子のため、祈る姿と気がついた者はいない。

 沈痛な表情も、悪趣味な厚化粧に隠されていた。



『見習い勇士』を続けて数ヶ月、長くとも数年ほどかけて功績を重ねると『下級勇士』の資格を与えられ、騎士団の末端兵士と同じ待遇を与えられた。

 最低でも餓えずに暮らせて、稼ぎがよい日は安酒やせこい博打も楽しめる。

 その『下級勇士』になれる者さえ、見習いの中では数人にひとりの資質であり、集団として比べれば、あきらかな違いがあった。

 体格や装備で目立つ者もいたが、多くは『魔力』の使いこなしでその存在感を示す。

 武器をかまえて気合をこめれば全身に淡い光が走り、獣のような素早さと力強さで斬りつけ、飛び跳ねる化け物ネズミすら一撃で両断した。

 身体能力を総合的に強化する『闘術』は、魔力操作の基礎となる。


 中には装備にまで光が伝わる者もいる。

 それが革の盾であれば、鋼鉄を重ねたように牙を防いだ。

 それが剣であれば、木材かのように軽々とひらめき、しかし威力はそのままに、骨をまとめて砕けた。

 それが杖であれば、振った方向へ光弾を放ち、弩弓で放った鉄球のように撃ちぬけた。

 魔力操作の技法、すなわち『魔法』は装備ごとに流儀の違いがあり、下級といえど正規の勇士になれば、体質などの相性に合った装備を選ぶ。


 下級勇士が数人も駆けつければ、化け物ネズミの数匹くらいは無傷で討伐できた。

 数ヶ月に一度くらいはゾウのように巨大化した怪物クマなども農場に襲来し、下級勇士までまとめて蹴散らされることもある。

 それでも地上は地下と比べて魔物が弱く少なく、見習いを卒業した下級勇士にとっては、地下探索をできない日に小遣い稼ぎをする程度の現場だった。


 下級勇士の中には、見習い勇士の獲物を横取りする者もいる。

 見習い勇士もまた、農民の狩った獲物を横取りする者もいる。

 いずれにせよ実力がなければ、自分が危機へ陥った時に見捨てられる覚悟は必要となる。

 ふところ事情の厳しい者がしかたなしに手を出すような、せこい悪事だった。

 それを『ちりも積もれば』とばかりに積極的にこなす者は、当然に憎悪も集める。


 短いボサボサ赤毛の下級勇士デューリーフが率いる『燎原りょうげん勇士隊』の姿が見えると、見習い勇士たちは牙を抱えて逃げだそうとする。

 魔物ごとに討伐証拠となる部位は決まっていて、ネズミなら左の上前歯になっていた。


「待てよオマエ。あれまだ、とどめを刺してなかっただろ? たまたま刃が当たっただけの牙を持っていくなよ。とどめを刺したのは、オレだろ?」


 デューリーフの仲間に退路を断たれたらそれまでだった。

 逆らえば顔をおぼえられ、強い魔物と遭遇した時にも助けてもらえない。

 下手をすれば、故意に妨害される。


「そっちのオマエは、オレたちが手伝いに来てやったのに逃げる気か?」


 どうせ奪われる獲物をあきらめて撤退しかけた者も、脅されて足を止められる。

 見習い勇士の出動は命がけだったし、化け物ネズミ一匹でも、何日かはまともな食事にありつける貴重な収入だった。


「あんたら、なにもこんなものまで横取りしなくたって……」


「こんなもの、ならよこせよ。親もいねえ俺たちは、手段なんぞ選べねえ。なんでもかき集めて稼ぐしかねえんだ」


 デューリーフを含めて『燎原勇士隊』は全員、子供に近い若さで、体もやせていた。

 貴族であれば最初から質のいい装備を買えるだけでなく、魔力次第で最初から中級勇士になれる『飛び級』の権利も買えた。

 平民ではそれらの価格に手が届かないし、貧民孤児では体格や魔力が育つ前から前線へ飛びこむしかなかった。


「成りあがりてえからよう……このやり口を体へたたきこんでくれた、ギブファットの兄貴みてえに!」



『燎原勇士隊』は稼ぎをさらって撤収し、帝都の城壁をくぐる。

 入ってすぐ、大通りの両脇に、地下通路への広い入口があった。

 帝都の地下市街は十階ほどの深さがあり、面積は地上と同じだけ広がっている。

 日の差す地上に住める者は、平民でもいくらか裕福な層だった。

 地下は中央から離れるほど掘削が乱雑になり、通りにはボロ小屋が何層も積み重なり、隣り合わせに廃棄物処理場や下水処理施設、多くの煙突を地上までのばした工場地帯などが立ち並んでいた。

 さまざまな臭気が混じるよどんだ空気の中、粗悪品を扱う出店が並び、行商人のボロ自転車が行き交う。

 デューリーフはなんの肉をどんな油へ入れたのかもわからない串揚げ肉団子を六本買い、上機嫌で仲間へ配った。


「今朝の稼ぎは地上にしちゃなかなかだ。でもそろそろ地下に仕事をしぼっていいころか?」


「地上だと楽で、親分の盾にならなくて済むんだけどなあ。でも地下は一気に稼げるんだよなあ」


「今日の『大掃除』は騎士団も妙に気合が入っているから、前回より稼げるかもしれねえ……お前ら、騎士どもの弓とか『馬』でくたばるようなドジは踏むなよ?」



 地下市街の外に広がる第一階層は『接獄せつごく迷宮』と呼ばれ、林立する石柱と共に闇がどこまでも伸びている。

 帝都からのトンネルが縦横に増え続けた結果、城壁周辺はひとつの広場と化し、演習場や作業場などにも使われていた。

 城壁から遠ざかるほど石柱は太く多くなり、柵や見張り台も減り、数十分も歩くとようやく『迷宮』らしくなる。


「ちょ、ちょっと待って親分。まだ目が慣れない」


「バカヤロウ、柱なんかに頼ってんじゃねえ」


 土石に付着するカビや微生物は、まばらにかすかな燐光や火花を放つ。

 しかし魔力のない者が文字を読めるような明るさではない。


「そんなこと言ったって、おいらは親分ほど魔力がないから……」


 魔法の基礎である『闘術』は感覚能力も強め、暗闇での戦闘を可能にする。

 勇士団の主要任務は地下探索での魔物討伐であり、勇士としては初歩の資質だった。

 格闘能力や装備があったところで、暗視を長く維持できる魔力がなければ、地下探索では役に立たない。


「バカヤロウ、てめえは魔力を扱えてないだけだ。ギブファットの兄貴がすごいのは魔力の量じゃねえ。剣を蛇みたいに扱えるほどの技量だ」


 デューリーフが短剣をうならせると、柱の陰から飛んできた大蛇の首が切断される。

 刃が光った一瞬だけ、その斬撃は長剣ほどに延長されていた。

 大蛇の長さは成人男性ほどだったが、その太腿ほども太さがあり、あごと毒牙はその倍も大きい。


「こいつらヘビの魔物だって、太さ長さがバランスよく変異したやつは、賞金がしけているわりに手強い。こういう不恰好なマヌケは、血筋で魔力の量ばかり大きい貴族どもみたいなもんで……ん? なんだあれ?」


 ガチガチと重い金属が岩に当たるような音が近づいていた。

 矢が一本、柱の間を通り抜けてデューリーフの足元へ刺さる。


「な、なにをやっていやがる騎士団のやつら!? 誘いこみにしては早すぎる……?」


 遠く城壁の方向から、多くの火花、重い地響きと吠え声が近づいて来る。

 異常を知らせる警笛も鳴りだした。


「親分、勇士に集合かかっていますよ?」


「バカヤロウ、やべえから逃げろ! 『騎馬隊』がなにか、やらかしやがった!」



 地下探索が主任務の『勇士団』に対して『騎士団』は拠点防衛が主任務であり、独自の戦術もあった。

 ひとつは弓兵隊であり、城壁をはじめ市街にも細かく配備されている。

 飛び道具であれば、剣や槍よりもはるかに安全に魔物へ対処できた。

 しかし矢を含めた重量とかさばりは長い連戦となる地下探索には不向きで、見通しの悪い迷宮では使いにくい状況も多い。

 なにより、矢には魔力を伝えられないため、化け物ネズミより大きな魔物になると、貫通力が不足しがちだった。

 威力のある大型弩弓は運用に人数がかかるわりに、命中精度や連射性で見合わない。

 弓兵隊は貴族であっても魔力の弱い者が多く、地味な補助役だった。


 もうひとつは『騎馬隊』で、聖神帝国と騎士団の主力となる。

 ユイトエルブ大陸で人類が『馬』の背に乗ることはない。

 魔物の中でも、兵器として利用することに成功した種がわずかにあり、その中でも最強の生物が『馬』である。

 魔物と化した凶暴さは変わりないが、専用の拘束具を駆使することで、方向を制御することができた。

 馬具を装着された馬の魔物は『騎馬』と呼ばれ、特に区別されている。


『騎馬』であれば、象のごとき怪物クマですら討伐できた。

 もちろん『騎馬』の蹴りやかみつきは、人間にも脅威となる。

 馬具を操る者は『騎士』あるいは『馬術使い』とも呼ばれるエリート集団であり、『中級勇士』以上の魔力でなければ務まらない国防の花形だった。

 指揮官の多くは貴族の中でも特に魔力が優れた者で、元は『上級勇士』だった猛者も多い。

 しかし半端な実力や意気込みで入隊した者が、うっかり鎧ごと手足や胴体を失う事故もたびたび起きていた。

 もし拘束具が事故などで破損し、部隊長が無能で、運悪く副官まで負傷してしまうと、暴走を抑えることは難しい。


「うわあ!? こっちへ来る……ごめん親分!」


「え」


 追われる『燎原勇士隊』の最後尾が槍を前方へ投げつけ、デューリーフが足をひっかけて派手に転ぶ。

 すぐに起き上がるが、片足を痛めていた。


「くそっ、『闘術』が遅れた……まだまだかよ……」


 右足へ魔力の光を集め、応急処置もないまま強引に踏み出す。

 背後にはキリンのように高い、しかし脚や胴の太さは何倍もある怪物馬が轟音と共にせまっていた。

 なにか叫んだところで、助けにもどるような子分がいないことは知っている。

 何メートルも上から『騎馬』の巨大な頭が急降下し、カバのごときアゴが、やせてみすぼらしい下級勇士の上半身を奪いにかかる。

 デューリーフの胴を先にさらったのは黒髪少年の腕だった。


「よう、ずいぶんがんばっているな?」


「兄貴!?」



 獲物を奪われた怪物馬は激怒し、豪風をうならせて蹴りつける。

 ギブファットはデューリーフを投げ飛ばし、自らは光る刃を地面へ突き刺して盾にするが、巨大なひづめを防ぎきれないで血を吐き出す。


「ぐぼっ……この朝練は気合の入れすぎだろ? 露葉つゆはちゃんにはまだ早いって!」


「あされん? つゆは?」


 紙一重で助けられたデューリーフの顔に喜びはなく、ひたすら驚き、困惑していた。

『狂風勇士隊』が人助けと無縁なことは帝都の常識であり、デューリーフにとっては生きかたの模範だった。

 まだ中級勇士だったころのギブファットに横取りされた獲物は数知れず、盾やおとりに何度も背を蹴られ、やり返そうと思ったことは一度や二度ではない。

 しかしデューリーフは自分の隊を持つようになってから、そのような経験すらも感謝するようになっていた。

 そんな帝都一の『卑怯陰険』がなぜか今、自分をかばって傷つき、照れたように頬を赤らめている。

 デューリーフは手足より大事なものを奪われたように、漠然とおびえた。


「今、ちょっとだけ胸をさわったかもしれないけど、しかたなくだからな!」


 かつて『Cカップ未満は女じゃねえ』と言い切り、そのくせデューリーフが男でないと知るや、貧しい胸をちらちらと目測していた男のはずである。




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