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第6話 最大の強敵は最大の成長をもたらすと期待していた 3


 ワラレアはリルベルの部屋までギブファットを引きずりこむと、さるぐつわをかませて縛り上げる。

 リルベルも手伝って奥の別室にあるクローゼットへ放りこんでから、杖でポクポクと自分の頭をたたいて考えこむ。


「いやはや。ギブファットどのは意外に、青春もの小説を好んで読むとは思っていたがのう」


「なっ!? すると『幻想奇書』を渡していたのも貴様か!?」


「いやいや、ほんのついでじゃ。薬物や偽造書類と違って闇小説くらいなら、闇市までもぐらんでも、平民街の少しうさんくさい店でも売っておる」


「ま、待て……するとギブファットは正気の時から、あんな気色悪い話を好んでいたのか?」


「悪趣味すぎて笑える、などとけなしておったが」


「うむ。そうだろう」


「本心かのう?」


「なに……?」



「妄想の影響がかたよっておる。いろいろ読んだ物語の中から、あのような性格の人物を自らにあてはめるということは、心の奥底ではそのような願望もあったのかもしれん」


「むう……できれば『蒼天勇士隊』を買収したいとは言っていたが、改心したふりでマヌケな金髪ボンボンをだます手口を試し、フラットエイドの腕をへし折って盛大に決裂したばかりではないか」


「じゃがあれほど強く妄想にはまるということは、なにかよほど思いつめる土台があったのかもしれん」


「それが最も理解しがたい。ギブファットほど下劣邪悪な厚顔無恥に、悩むことなどあるのか?」


「ギブファットどのは『過去はどうでもいい』とよく言っておったが、あれは『過去は聞くな』と言いたげにも聞こえたのう」


「帝都で最も忌み嫌われている部隊だ。集まった連中もろくな過去など持ち合わせていないだろうよ。守る価値もない記憶を捨てて、なにが悪い? 我々はそうやって前へ進むことだけを考え、首位部隊にまでのし上がったのだろう?」


「そして行き詰まった」


「何に行き詰まったと言うのだ!?」


「さあ? でもその先は?」


「なんだと……?」


 リルベルは童顔の上に悪趣味な厚化粧を重ねていたが、静かな笑みと大きな瞳はワラレアの背骨まで見透かすように圧する。


「首位部隊になって、貴族の身分と財産を得て……その先は?」



「そ、それでいいだろう? そのほかになにが必要だというのだ?」


「それで『狂風勇士隊』は役割を終えて、解散してもよいのか?」


「貴様は……なにを言っている? いや、貴様こそ、その先になにがあるというのだ?」


「わしにもわからんよ。じゃがそれで終わりでは、どうにも物足りない気がしてのう」


「ふん、どこまでも歪んだ酔狂だな。地位や資産を得てまで危ない橋を渡りたいなら、まわりを巻きこまないようにやってくれ」


「どうかのう? 歪んだ酔狂じゃからのう?」


「ちっ……勝手にしろ。私もまた、貴様の存在が不都合になれば、勝手に始末するまでだ。それが『狂風勇士隊』だ。我々が持つ、唯一の『我々らしさ』だ。『蒼天勇士隊』のごとき仲良しごっこなど……」


「やいてる?」


 いつの間にかガラス窓の外にへばりついていたウィンシーが、ぼそりと口をはさんだ。


「いやいや、いくらなんでも、わしの部屋では遠慮してほしい」


 リルベルはワラレアが鎖鉄球を抜き出したので廊下へ追い出しにかかる。



 そのころ『蒼天勇士隊』の三人は、宿舎通りの酒場でも特に大きな一軒へ向かっていた。

 周囲の店と違い、革鎧の下級勇士は屋外の立ち飲みテーブルであしらわれている。

 しかし鎖鎧を着た中級以上の勇士であれば、飾りけなくみすぼらしい平民であろうと店内へ通され、貴族と変わらない敬意を払われて接客されていた。

 どちらの客席も一歩ごとに肩がぶつかるような混雑で、酒杯も進まないまま、落ち着かない様子で待つ者が多い。

 長身の金髪少年が店へ近づくだけで、ほとんどの客が駆け出て迎える。


「ウェイストリーム様、ご無事でなによりです! 我らも私闘の罪に巻きこまれる覚悟はできていましたのに、助太刀も立会いも許していただけなかったことは残念でなりませんが……ついに『狂風勇士隊』をこらしめたのですね!?」


「いや、彼らについては、少し考えなおしてみたいのだが……」


 ウェイストリームが困ったように首をひねると、囲んでいる者たちも悲しげに首をひねる。


「そんなっ、あれほど意気込んでいたのに!?」


「だまされていますよ! あいつらが人のいい顔を見せるなんて、罠にはめる時だけです!」


「ツケを踏み倒された店も十や二十ではなく……」


 平民の店主や職人まで混じっていた。


「彼らの立ち寄った先で、またも失踪者が出ていますし……それも今回は地下迷宮や酒場裏のひとりふたりではなく、我らが勇士団の会議所でまとめて何人も!」


 勇士以外の大貴族や高位の神官まで、侍従を引き連れてわき出ていた。


「どうぞお迷いなさらず。かの圧倒的なる悪辣暴虐を抑えうる英雄は、実力も身分もたしかなウェイストリーム様しかおられないのです」


「騎士団長の第一子にして国王の甥、王位継承権第六位でもある貴公の名声を高めるためにも……」


 こそこそと手もみしてすりよる大貴族の侍従へ、ウェイストリームは厳しい視線と焼きトウモロコシを向ける。


「僕は勇士団のより良い在りかたを望むだけだ。それに多くの地方都市が困窮する今、帝都は継承権などで争っている場合ではない……僕は、僕を対立へ組みこもうとする者であれば、誰であろうと遠ざけねばならない!」


「い、いえ、そんなつもりでは……」


 大貴族たちがうろたえ、遠巻きに見ていた下級勇士たちは感嘆する。


「あれほどの魔力と家格を持ちながら、そこまで勇士団のことを……」



「け。そんなご立派なら、貴族しか払えない『飛び級』のバカ高い費用もお貸し願いてえよ」


 片隅でぼやいた酔っぱらいは中級勇士たちの怒り顔に囲まれる。


「貴様のような下級にふさわしい実力と品格では知らんだろうがな~!? ウェイストリーム様は実際に、平民でも貧乏貴族でも、実力のある者を見出しては『中級採用』の試験費用を無利子でお貸しなさっているのだ~!」


「口外しないことを条件になされているため、それが誰かは表立って言えないだけなのだ! どうしても言えないだけなのだ~!」


 中級勇士たちの絶叫が轟き、ウェイストリームへ向けられた歓声はさらに高まる。

 大貴族の老人たちはそんな人気ぶりを耳に、物欲しげな顔で金髪の美少年を見つめた。

 肥え太った中年神官は静かな薄笑いのまま、手ぶりで騒ぎをたしなめる。


「ウェイストリームどの。しかしあの『狂風勇士隊』ばかりは……ベアラックどのの惨状で、ついに決意なされたはずでは?」


「もちろんです神官長様。だからこそ実際に、刃を交え……しかしそれで、彼らの敵意や悪意といったものに疑問を抱いたのです。僕はもう少し……彼の、本当の気持ちを探りたいのです」


 そこでウェイストリームが顔を赤らめて目をそむける仕草は周囲を困惑させた。

 同じ『蒼天勇士隊』の槍使いダブデミはひそかにガッツポーズをとり、杖使いローシーは小さく咳払いしてウェイストリームに耳打ちする。


「む……すまない。僕らは所要で失礼するが、みんなも早まらず、今しばらくは情報収集に協力してほしい」 



 ウェイストリームが去るとほかの勇士もいくらか減り、沈んだ声での議論や、愚痴まじりのやけ酒がはじまる。

 高齢の大貴族たちはその光景を卑しむように横目で撤退するが、神官長は貴族の勇士に声をかけられ、侍従を連れて奥の席へ立ち寄った。


「引き続き、探りを入れ続けてくださいね」


 神官長は呼ばれたふりで頭を寄せ合うと、薄笑いのまま声をひそめる。


「私闘の罪から継承資格の停止……とはなりませんでしたが、支持者をあれほど邪険に拒絶するのですから、継承を辞退する意志は固いのでしょうねえ。しかし近づく者には警戒を……彼は純真無垢ですからねえ」


 あいさつだけで神官長も店を出ると、侍従のひとりを呼ぶ。


「ベアラック……さんでしたっけ? あまり投薬し続けると危険なようですし、もう意識をもどすように伝えてください。けしかける役目も終わりましたし。ウィストリームどの本人はともかく、周囲にやっかいな人がいますからねえ。そろそろ医務院を探られるかもしれません」



『蒼天勇士隊』の参謀ローシーが先に調査を勧めたのは会議所だった。


「ベアラックさんもここでの大量失踪に巻き込まれたのかもしれません」


「うむ。まずはここから確認すべきだろうな」


 ウェイストリームは小柄な仲間のことは頼もしげに見つつ、行く手には不安そうな表情を向ける。

 受付の若い男はにこやかに対応した。


「失踪なんて噂は誤解ですよ。私はこのとおり元気です」


「そうなのか? しかし我が同志ベアラックも、ここへ向かったのを最後に……」


「そんなまさか。リルベル様は信頼できるかたです。リルベル様はすばらしいかたです。リルベル様は偉大なかたです。リルベル様は完全な……」


「やはり僕らの誤解らしいぞローシー?」


 ウェイストリームが安堵した笑顔を見せる。


「ベアラックさんと同じ病状にしか見えませんが……ほか五人の失踪者はどうなっているのです?」


 ローシーはウェイストリームの頭に別の病巣を疑う。


「それも誤解ですよ。係長については申し上げにくいのですが、汚職が発覚して謹慎処分に……それと勇士志願だった傭兵の四人組でしたら『やはり故郷が一番だ』と遠い辺境都市へ……」


「ベアラックさんとあなたを含むそれらの変化が同時に起こったこの場所で、ほかに誰が居合わせて、何が起きたのです?」


「あの……リルベル様は絶対で……リルベル様の正しさをどう説明してもわかっていただけないとなると…………私の、私の家族が……っ!」


「わ、わかりました……もう、けっこうです」



 会議所を出たローシーはため息をつく。


「勇士団も内部で争っている場合ではないのですが……まだ『餓竜迷宮』で戦える人材もほとんどいないのに『新しい階層』の兆候まで出ているとか」


「うむ。まずは『狂風勇士隊』との休戦だけでも探ってみよう。失踪事件も誤解とわかったことだし」


「え。あの、ウェイストリーム様? さっきの彼は……」


「あれほど必死に弁護するなど、思ったより『狂風勇士隊』にも人望はあったようだな」


 長身の金髪少年は爽やな笑顔を見せる。


「ノリミもけっこう早とちりするよねー」


 栗色ツインテールの少女は二本目の焼きトウモロコシをかじりはじめていた。


「副官のフラットエイドさんが抜けた今、私がしっかりしなくては……私が……」


 小柄なメガネ少女は頼りない小声でつぶやく。




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