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第5話 最大の強敵は最大の成長をもたらすと期待していた 2


「君にそんなことを言う資格などないだろう!?」


「たしかに俺はあいつのことをたいして知らない。でも必ず、期待に応えてくれるさ……熊吉くまきちなら!」


「クマキ……?」


 ギブファットが力強い笑顔でうなずき、ウェイストリームは混乱を深める。

 リルベルは向かい合う杖使いの少女へ会釈して、わずかな脱線を見逃してもらう。


「ウェイストリームどの。最近のギブファットどのは妙な愛称をつける趣味があって、ベアラックどのを熊吉と呼んでおる」



 ウェイストリームがわずかに意識をそらした瞬間、その両肩にギブファットの手が乗っていた。


「う……!? なぜ闘気も感じさせないで間合いへ!?」


「熊吉のことは知らないが、お前が選んだならまちがいねえさ。お前のことは、ライバルの俺が一番よく知っているんだぜ……道流みちる!」


「ミチル?」


「ウェイストリームどののことじゃな。たぶん」


 リルベルは薄笑いで冷や汗をかき、目配せでワラレアへ介入を求める。


「待て。こんな争いで相手の歯を抜き取ったころで報酬が出るわけでもない。ベアラックとかいうザコに関しては事故のようなものだ。あんな貧弱ではつぶす価値もなかったし、どうせ『蒼天勇士隊』でも足手まといになっただろうから……」


 ワラレアはなだめているつもりだったが、いつもの口調では挑発になっていることに気づいていない。

 しかしウェイストリームより先に、ギブファットが抗議の声をあげていた。


「待てよ水希みずきさん。熊吉のレギュラー入りはキャプテンの道流が選んだことだぜ」


「そ、そうだ。なぜ君に……ミズキさんと呼ばれているのか? いや、それはかまわないが……」


「すまない。そいつが副部長とか委員長とか口走っても聞き流してくれ」


 ワラレアが赤面してうつむき、ウェイストリームには混乱の種が増える。

 そしてふと、ギブファットが自分の肩へ寄りかかっていることに気がついて跳びすさった。

 仲間のふたりの少女も合わせて後退し、ウェイストリームの両脇を固める。



「しっかりしてウェイストリーム! ミチルのほうが呼びやすいけど惑わされないで!」


 槍を持つ栗色ツインテールの少女は一合を交える前から汗をかいていた。


「あれはウェイストリーム様をたばかる策に違いありません!」


 小型杖を持った銀髪褐色肌の少女もメガネを震わせ、すでにローブの背まで汗だくで、向かい合うリルベルがニタと口端をゆがめると、さらに汗をふきだす。


「そ、そうだった! 我が親友フラットエイドの負傷はいまだに『演習中の事故』として不名誉な扱いを受けているのだ!」


 ウェイストリームが気をとりなおして顔を上げると、ギブファットに平手打ちされていた。


「ま、また闘気なしに……!?」


「バカヤロウ! 俺たちが真剣に試合した結果を汚すんじゃねえ!」


「いや、あの時は『今までの詫び』と称した食わされすぎで気分が悪かった上に不意打ちで……」


「それでも真剣だったんだ」


「なにを言っているんだ君は」


「お前が……俺と平助へいすけのことを誰よりも知る道流がそんなことじゃ、やつはなんのために戦ったんだよ!?」


「だから、演習の形式だけ押しつけられた一方的な襲撃だったと……」


 ウェイストリームは言い返しつつも、はじめて見るギブファットのまっすぐな瞳、にじむ涙にとまどう。


「平助のやつが、そんな風にかばわれたいと言ったのか?」


「う……!? たしかにヘイスケは自分の油断を悔い、首位部隊の座は魔物討伐で奪還するようにと……まさか、納得していたのか?」



 槍の少女はワラレアを警戒したまま、ウェイストリームの腕をつかむ。


「だまされないでミチル! ヘイスケはそんな意図では言ってない!」


 メガネの銀髪少女はリルベルを警戒したまま、かすかに「フラットエイドさんと呼びませんか?」とつぶやく。


「しかしダブデミ、それならばなぜ、ギブファットから闘気を感じられない? そして我々の……敵意をこれほど浴びながら、彼はなぜ剣を拾おうとしない!?」


 薙ぎかけた大剣は振り切れないまま止まっていた。


「そうだぜ鳩亜はとあちゃん。俺たちはなにも道流たちを憎んでいるわけじゃない。大事なライバルとして、尊敬しているんだ」


「え……?」


 ウェイストリームとワラレアの声がそろう。



 銀髪褐色肌の少女は震える手でメガネを整える。


「いったん、ひきましょう。これは新たな罠です! 敵意がないかのように、見せかけているだけです!」


「くっ、たしかにローシーの言うとおり……ギブファット、やはり君の言うことでは信じがたい。だが今しばらく、その命運は預けておく!」


「ちぇっ、法見のりみちゃんまで俺を疑うのかよ。小鈴こすずとは同じクラスの友だちだろ?」


 ギブファットの視線はローシーとリルベルを見ていた。

 いっぽう勝海かつみことウィンシーは屋台の焼きトウモロコシを芯ごとかじっている。


「わたわた私はっ、同じ杖使いというだけで、リルベルさんとはなんの関係もっ……というかノリミとは誰ですか!?」


「つれないのうノリミちゃん。あれほど念入りに可愛がってあげたじゃろうに、もう忘れておるなら、また今度たっぷり……」


「ひっいいいい!? いやああああ!?」


 突如、ローシーが杖を爆発的に光らせ、めちゃくちゃに振り回す。



「まずい……ローシーを止めてくれダブデミ!」


 ウェイストリームは街中で乱射される光の弾幕を大剣ではじき止め、ダブデミは暴走砲台をはがいじめに押さえつける。


「ノリミのことはまかせてミチル! あとダブデミという名前を決して嫌いなわけではないけど忘れきってハトアと呼んでかまわないから……あぶない後ろ!」


 ウェイストリームはローシーの弾幕に気をとられ、ギブファットが剣を拾っていることに気がつくのが遅れた。

 帝都一の技量とされる『剣術』はすでにふるわれたあとで、踊る曲刃の狙いは真上、空から降ってきた犬ほどの異形を数匹ほど斬り散らし、ウェイストリームの金髪には体液一滴たりとも触れさせない。

 城壁を見上げれば錆びた貯水槽に大穴が開き、兵士たちが騒いでいた。


「廃棄予定の貯水槽にカエルが入りこんで、魔力変異していたんだ! これから駆除作業だったのに、いきなり市街から砲撃を受けるなんて……!?」


 兵士たちは説明がましい悲鳴を上げながら逃げまどい、その背へ、そして街中へ、おびただしい怪物カエルの群れが飛びかかろうとしていた。


「これでは騒乱罪になってしまう……!?」


 ウェイストリームはがく然とうめき、多すぎる災難へ斬りかかるが、奇妙な連続爆音も耳にしていた。

 ワラレアは光の盾を一気に広げながら地面へ打ちつけて高く跳び、城壁と宿舎にも殴りつけてジグザグに飛距離をのばし、作業員の最後尾へすべりこんでいた。

 さらに大きく広げた帝都最強の『甲術』は、怪物カエルの群れを押しとどめるだけではない。

 砲弾の勢いでたたきつける巨壁は防具と言いがたく、爆風のように無数の標的を砕き散らす。

 リルベルも杖から大量の光弾を地面へ噴射し、すでに上空にいた。

 自由落下しながら、帝都最強の『杖術』は無数の光弾を降り注いでいる。

 市街へ広がるはずだった魔物の群れは空中で、あるいは着地したばかりの屋根や石畳で、異常な精度の狙撃に殺戮されていた。

 路地などの死角へ入りこんだ残り数匹には、ことごとくギブファットの曲刃が待ちかまえている。

 ウェイストリームは『狂風勇士隊』が一瞬で見せた連携に驚愕した。


「なんの合図もなしに、それぞれの範囲を完全に補い合って……!?」


 あちこちの窓枠がひしゃげ、石壁が削られ、屋根瓦の欠片が雨と降る。

 しかし城壁上でも市街でも、犠牲者が出た様子はなかった。



「奇跡的に被害は抑えきった……か?」


 それ以上に、まさか『卑怯陰険』『冷酷残忍』『人格破綻』の三人が街を守り、さらには『蒼天勇士隊』を重罪からかばった事実を信じられないでいる。

 ただひとり屋台でがっつき続ける『凶暴野蛮』の姿に、奇妙な安心感をおぼえるほどだった。


「奇跡じゃねえよ道流。俺たちが手を組んだだけさ。いつかこんな風に、いっしょのチームで盛り上がれることを楽しみにしているぜ!」


 ギブファットが笑顔で肩をつかむと、ウェイストリームは自分の胸をおさえて驚く。


「急に発熱と不整脈が……呼吸不全も!?」


「え。またその難病?」


 リルベルが薄笑いをこわばらせ、ワラレアは自分の口を押さえる。


「貴様もか!? すまない! ギブファットもそれで調子がおかしいらしくて……適当にどうにかなるらしいが、早く帰って休むがいい! ギブファット、もう貴様も無茶をしないでおとなしく……」


 ワラレアがギブファットを引きずっていく姿をウェイストリームは呆然と見送る。



「帝都一の『冷酷残忍』が、私や仲間の身を気づかった……だと? 下級神官の肩書きを福利厚生だけ目当てに賄賂で得た者が?」


「戦略的撤退の方便に違いありません……」


 大事故を招いたローシーは、視界からリルベルが遠ざかるほど落ち着きをとりもどし、ダブデミの腕の中でしょんぼりとちぢこまっていた。


「そうだろうか……我々はなにか、思いちがいをしていたのではないか? 彼らに勇士たる誇りなどないものと思っていたが、それはもしかすると、貴族である我々の価値観だけで判断していたのではないか?」


「彼ら下賎の者が手段を選ばないのは、美徳そのものが欠落しているからです!」


「魔物は手段を選ばないだろう?」


「え……?」


「我ら勇士団の使命は、魔物の討伐だ。しかし低い身分では、未熟な内から危険な現場に立つ者も多い。手段などを選んでいては、なんの成果も残せないまま命を落としかねないのでは? 汚名を恐れないで実績を挙げ続けた彼らこそ、本当の意味で『勇士』とは言えないか?」


「お…………落ち着いて! 彼らの数百度におよぶ我々への所業を思い出してください!」


「む。たしかに……だが……いや、とにかく今はいったん、撤退して考えなおそう。ローシー、ハトア」


「そうねミチル! 私も悔しいけど!」


 そのわりにダブデミの顔はうれしそうで、ローシーはかすかに「でも呼びかたはどちらかに統一したほうが……」とつぶやく。


 ひき返す三人の前に、黒髪褐色肌の長身が立ちはだかっていた。

 帝都において『個人戦最強』と恐れられる『闘術』使いウィンシーである。

 その両腕は一瞬にくりだされ、三人の口へ一本ずつ焼きトウモロコシをつめこんでから立ち去った。




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