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第4話 最大の強敵は最大の成長をもたらすと期待していた 1


 帝都の市街は狭い道が多く、荷車つきの自転車ががすれ違うと、歩行者は壁へすり寄らねばならない。

 ひしめく建物はどれも数階あるが、一階ずつは低く、大人の男なら手が届く天井も多い。

 とはいえリルベルほど小柄な少女では、天井板をずらすにも杖で何度もつつく必要があった。

 天井裏にはひもで縛った袋が見え、しびれをきらせたワラレアは長身と長い指をのばしてたぐりよせる。

 袋はずしりと重く、中には十数冊の本が入っていた。


「これがギブファットを狂わせた『幻想奇書』だと?」


 ワラレアは表紙の絵を見て顔をしかめる。

 低い塀に囲まれて真四角の城がそびえ、少年少女たちが笑いながら走っているが、みな同じあつらえの作業服を着ていた。


「脱獄の直後か?」


「いや、例の『高校』という施設の日常風景じゃのう」



 ワラレアは手早くページをめくっていく。


「たしかに『部活』と呼ばれる無益な労働を礼賛しているようだが……宗教的な権威を示す儀式のたぐいか?」


「なにせ『幻想』というくらいじゃ。社会制度や常識からして、根本的に異なる世界を書いておる。その『部活』なるものも、実質では娯楽の一種らしい」


「む……? この者たちは大人と同じ背で、労働も結婚もしていないのか?」


 奇怪な書物の物語では運動や演奏といった娯楽にのめりこんで泣き笑いする描写が執拗にくりかえされ、ワラレアは呆れる。


「豊かな世界なのじゃ。下働きもしないで職業技術を学べる時間が延々とある」


「ばかな。衣食が足りるならば、城壁や罠といった魔物への備えに充てねば」


「魔物そのものが存在しない設定なんじゃが」


「ばかな。生物がいるなら、突然変異も魔力の影響も避けられまい」


「魔力そのものが存在しない設定なんじゃが」


「ばかな! それでどうやって生き残れと……ああ、魔物はいないのだったな」


「そうそう」


「まるで上級神官どもがウソぶく『神の楽園』だ。都合が良すぎて気色の悪いたわごとではないか」


「まあいちおう、その世界なりの問題や挫折もあるがのう。魔力の血筋がないために、誰もが筆記試験で競い続けねばならんとか」


「なかなか手がこんでいるな。だがそんな物語の作者は魔力の素質が皆無で、家柄も卑しく、学術しかとりえがない劣等感をぶつけているだけだろうよ」


「ようしゃないのう」



 異世界の物語は展開ごとに『気づかい』『思いやり』『助け合い』など、狂風勇士隊が最初に捨てて二度と見向きもしなかった要素が盛られ続け、ワラレアは息苦しくなってくる。


「ギブファットともあろう男が、なぜこのような、よからぬ薬を頼って書いたような妄言にとらわれたのだ?」


「そう言えるほど、わしらは互いのことを知らんじゃろう? ワラレアどのが貴族の出身らしきことは仕草などから察していたが、勇士隊なんぞへ入った理由はいまだに見当をつけられん。ウィンシーどのも帝都へ来る前は風来の賞金稼ぎだったとしか知らん。ギブファットどのとて帝都孤児院の出身というほかは、中級勇士になる前の話を聞いたことがない」


「そのような情報通で、闇出版の書物まで大量に隠し持つ貴様こそ、まったく素性が知れないのだが」


 ワラレアが天井裏をのぞくと、書物入りの袋は奥にまだぞろぞろと並んでいた。



「隠しておる闇市の品は書物だけでもないがのう。そうそう、よからぬ薬といえば……」


 リルベルが床板の一部をはずすと、小瓶のたくさん入った箱が並んでいた。


「所持に認可の必要な薬物か。つくづく貴様は、怪しい副業をどれだけ抱えているのだ」


「それはともかく。ギブファットどのの症状は、これが原因の一部に思える」


「やつは頭をやられるような毒物を飲んでいたのか!?」


「いやいや、わしが分けた品は、気をゆるめる程度の効能じゃ」


「貴様が売ったのか」


「いやいや、まともな精神治療にも使われておって、副作用は出にくいものじゃ。しかし分量を無視したり、酒と混ぜるなどの無茶をすればその限りではない。催眠状態になったり、幻覚を見たりもありうる。しかし長く体内に残る薬ではないから、問題は……待て、なにか騒がしいのう?」



 リルベルは狭い窓から外を見下ろす。

 城壁沿いの勇士宿舎通りに鉄板焼きの移動屋台が停められ、最大火力で量産されるステーキを褐色肌の大柄少女……ウィンシーが片っぱしから自分の口へ放りこみ、小脇に抱えたギブファットの口にも声が出せない程度につめこんでいた。

 そこへ背の高い金髪の少年が詰めより、大声を出している。


「答えよギブファット! 君の返答によっては、このウェイストリームと剣で決着をつけてもらう!」


 金髪少年の背後には槍を持った栗色ツインテールの少女と、小型の杖を持った銀髪褐色肌のメガネ少女もいた。

 リルベルは部屋を飛び出て、ワラレアも続きながら舌打ちする。


「このめんどうな時に、めんどうなやつらがなぜ……?」


「心当たりが多すぎるのう。どれじゃろうな?」



 すでに通行人は逃げ散り、金髪少年はその背に近い長さの大剣を引き抜く。


「僕ら『蒼天勇士隊』の新たな同志、ベアラックになにをした!? まるで拷問でも受けたかのようにおびえ、上級勇士隊としての初陣すら忘れていたぞ!?」


 ぼんやりと見ていたウィンシーはステーキをくわえたままぞんざいにうなずき、両拳をかまえて立つ。

 しかしその前へギブファットが進み出て、自分の口からステーキを引っこ抜くと苦笑を見せた。


「それは悪いことをしちゃったなあ。昨日ちょっと、副部長が新人歓迎にしごきすぎたみたいでさ。ちゃんと謝りたいから、見舞いに行かせてくれよ」


 ウェイストリームはしばらく固まり、やがて端整な顔をゆがめる。


「まだ追い討ちをかける気か!?」


「いや、そんなんじゃなくて。あいつは即戦力になりそうだし、性格も素直だろ?」


「だからつぶしたのか!? ベアラックは魔力こそ上級では厳しい強度だが、それを補うために、どれほどの努力をしてきたと思って……」


「いいかげんにしろって。俺だってそれくらいはわかるよ。ライバルとは正々堂々と競わなくちゃ意味がないだろ?」


 先月まで首位部隊だった『蒼天勇士隊』は、次席だった『狂風勇士隊』から嫌がらせを受けなかった日がない。

 ギブファットたちは頻繁に、王立地下迷宮の昇降機を使えないように引き止め、強い魔物をけしかけては逃げ、弱らせたところで討伐証拠になる犬歯などを横取りし、休憩している場へ死骸をばらまき、スープへ山盛りの香辛料を仕込み、トイレの扉へ釘を打ちつけて閉じこめ、扉の隙間から殺虫剤を噴霧するなどしていた。


 ウェイストリームは怒りのあまりに暗い笑顔を浮かべる。


「君はやはり、侮辱の限りを尽くしたいだけのようだな。ならば君の常套手段である『演習』の押しつけをやり返すしかあるまい!」


 まばゆい光が刃へ流れて切っ先まで届くと、長大な鉄塊は紙のごとく軽快にふりまわされる。


「おい、通学路で無茶すんなよ! アイドルのコンサート会場でもないのに、ペンライトダンスなんて痛すぎだって……」


 ギブファットは足を止めたまま剣を閃かせ、わずかに刃筋をずらしてかわし、刀身から火花を滝と散らす。

 駆けつけたワラレアは槍使いへ、リルベルは杖使いを前にかまえてにらみ合った。

 ウィンシーは店主の逃げ去った屋台の鉄板へ、十数本のトウモロコシをくべる。



「ギブファット……僕はどれだけ侮辱を受けようと、君の実力と向上心だけは認めていた。低い身分でも素質さえあれば、勇士団で良き人材となれる模範になってほしかった……しかし、同じ勇士を傷つける者などに、この帝都の守りは任せられない!」


 ウェイストリームは大剣の光をさらに強めて加速させる。

 しかしギブファットは不意に、剣を投げ捨てた。


「お前があいつを信じてやらないで、どうすんだよ!?」


「なに……!?」


 大剣の刃が首元で止まる。


「あれくらいでつぶれるようなやつじゃねえだろ!?」


 ギブファットは拳をふるって力説するが、当の加害者であるワラレアは眉をしかめて絶句していた。




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