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第38話 異世界へ転生したことにする・救 2


 城壁上で包囲に迫る兵士の大部隊は、ひるんで動きを止めていた。

 ウェイストリームは顔に足跡をつけられて目をまわし、ギブファットの足元へ転がる。

 ワラレアは胸をおさえて呼吸を整えようとしながら、目をまわしそうにうろたえていた。


「おいワラレア! 前世なんて、しけたことぬかしてんじゃねえ! 貧民孤児の俺が、お前と会って、たった二年でここまでやらかせたことのほうが、よほどすげえだろうが!?」


 両肩をつかまれると、慢性化していた発熱症状が急悪化した。


「『帝都最悪』と呼ばれた俺が! 異世界へ生まれ変わったわけでもねーのに! こうして国を巻きこんで暴れているこの大騒ぎのほうが、ずっと笑える奇跡だろうが!?」


 激怒していた黒髪少年の傷だらけの顔が、今度は屈託のない笑いを見せる。


「部隊を組むことも避けられていた嫌われ者の俺が、強くておっかねえ美人をダメ元で誘ってみたら、なぜか相棒になれて、やたら稼げるようになって、自分の手口にも自信を持てた……リルベルやウィンシーみたいな、やばくてすげえやつらにも片棒をかつがせて、貴族連中をみんな押しのけて、ついには首位部隊だぜ!?」


 さらには自信のなさそうな、すがるような表情を見せる。


「……でもずっと、わけがわからなかった……お前みたいな、貴族のにおいしかしねえ、魔力も高くて上品なお嬢様が、なんでゴミため生まれの俺なんかにつき合って汚れ仕事をやらかし、貴族入りを手伝ってくれるのか……どんな罠かと疑い続けたし、うっかり神様まで信じそうになったぜ!?」


 兵士たちの一部が我に返り、包囲をせばめようとした。

 しかし『帝都最悪の勇士』はごく自然に、倒れていたウェイストリームの首筋へ刃を当てて話を続ける。


「しまいには城ごとぶんどりやがるとか、てめえは立派すぎる『帝都最悪』部隊の副官じゃねえか! 俺にとっては、お前こそが『神の啓示』で、お前といっしょに暴れられるこの世界が『神の楽園』で……だから『優しい異世界』なんてクソくらえだ! 『あったらいいよな』じゃねえ! それ以上がとっくに目の前にあるんだよ! お前だよ! 俺にとっては、お前なんだよ!」


 遠巻きに弓兵部隊が狙撃位置へ広がる中、黒髪のやせた少年は楽しそうにうなずく。


「世界中から嫌われても進み続ける『狂風勇士隊』の副官は、お前しかいねえんだ……だから、もっと楽しそうに笑ってくれ」


 ワラレアは息も忘れて真っ赤に絶句していたが、ようやくギブファットの胸ぐらをつかみ上げる。


「こんっ……な時に、貴様はなにをぬかしているのだ!?」


「お!? やっと帰ってきたか!?」


 最強の『甲術』と『剣術』が一瞬に包囲を蹴散らし、光る刃で城壁を削って減速しながらすべり降り、光る盾で地面を殴りつけて着地する。


「さっさと来い!」


 ワラレアは先に駆け出す。

 ギブファットに抜かされまいと、必死に加速する。

 怒り顔がついほころび、笑顔がもれてしまいそうだった。



 城壁上の兵士たちは帝都最強部隊の技巧を真似できる者もなく、杖術や弓矢を持っていない者たちは、ただ騒ぐばかりだった。


「やつら、なぜ市街ではなく地下迷宮へ?」


「いくら包囲が厚くたって、迷宮にたてこもるよりは可能性があっただろうに……?」


 ただひとり、小柄な赤毛の兵士だけはなにかを叫びながら迷宮の入口に立ちふさがっていたが、あっさりと突き倒される。



 王宮でもギブファットたちの不可解な逃走経路は話題になったが、第二王女リルプラムは沈んだ表情でつぶやく。


「先に迷宮へ逃走した『杖術使いリルベル』は『幻想奇書』の出版にも関わっており、独自の『啓示』研究には『異世界転生』の魔法技術も含まれていたようです」


「そのような奇跡じみた魔法が存在しうるのですか? それで彼らは『異世界転生』を試すために、魔力の濃くなる地下へ……?」


 玉座の広間に居並ぶ閣僚はとまどうが、帝都で最も優れた啓示の研究家は第二王女であり、それに次ぐローシーや第二王子バンブートゥも、いまやその側近として控えていた。


「今は『異世界転生』技術の実態や成否はどうあれ、まずは地下迷宮を一時封鎖し、階段や昇降機などの復旧を急がねばなりません。最も優先すべきは第六階層『狂神迷宮』のさらなる厳重な封印です。それに、規模を拡大し続けている過激派『幻想主義』カルト『清湖きよこ教団』の鎮圧も急がなくては……」


 リルプラム王女は続く言葉から感情がもれないように苦心する。


「……そのあとで『狂風勇士隊』の捜索になりますが、当面の混乱を避けるため、彼らは『異世界へ転生した』ことにします」



 王宮の一室は第二王女の執務室に改造され、荷物があわただしく運びこまれていた。


「あとは私の護衛で足りますので」


 リルプラム王女は議場から帰ってくると、冷たい微笑で作業員たちを追い出す。

 護衛たちは隊長トゥルクレインの指示に従って荷物を配置していたが、ひとりだけ、手持ち無沙汰にしている赤毛の少女がいた。

 顔の幼さと着慣れない護衛隊制服で、ひとりだけ浮いている。


「あの……なんでオレなんかが王女様つきの護衛に?」


 隠し持っていた騎士団兵士の軍服をそっと返却する。


「あのふたりを地下迷宮へ誘導してくださったことに、感謝しております」


 リルプラム王女は受け取りながら、肩をポンポンとたたいてねぎらう。


「それに裏事情を知りすぎておるからのう? とはいえ、消すよりは使いたおすほうが得策じゃ。地下市街や清湖どのに詳しい者も欲しかったからのう?」


「で、でも、ボロを出さないでいられるかな……?」


 今朝まで下級勇士だったデューリーフは、整えられてしまった自分の髪を落ち着かない様子でいじり、何度も礼帽をかぶりなおす。

 それを背後から伸びた指がきっちりと整えなおした。


「ボロを出さなければよいのです。出したら終わりとも言いますけどねー」


 護衛隊長トゥルクレインは表では出さないふざけた笑みを見せる。


「なーに、すべて私が教えますし、露葉つゆはちゃんならすぐにおぼえられますってー」


「そ、それはどうも……でもあの……兄貴たちは……?」


 第二王女が鋭い視線で言葉を制する。


「まずは『いかなる場所』でも口にすべきではない事柄をおぼえてください……お返事は?」


「は……はいっ」


 第二王女は終始、ニコリともしないで、顔も向けないで言い捨てる口調だった。

 デューリーフは自分とたいして背の変わらない少女の暗い横顔を心配そうに見つめる。



 執務室の奥には別邸と似た配置の寝室がすでにできあがっていた。

 リルプラム王女は護衛を連れないで入り、ベッドへ倒れこむ。


「わしは……いえ私は、王女であることを選んでしまいました。ワラレアさんが『狂神』を封じるために引き返し、ギブファットさんが即座に追った瞬間、いつもの地下探索であれば、自分も無意識に補助へ動いていたでしょうに……」


 シーツをゆっくりと握りしめる。


「国家を預かる者として、自分だけは生きのびなくては……そんな迷いがよぎって『手段を選ばないであがく』矜持まで失い……」


 声が震えだす。


「『狂風勇士隊』である自分を捨ててしまった以上、あの人たちを追いかける資格など、今の私には……」


 押し殺した嗚咽がはじまった枕の向こう、積み重なった食器の山の中から「んー」とぞんざいな返事がした。

 さらにガツガツと暴食を再開する音も続いたが、不意に止まり、思い出したようにつぶやきが返る。


「小鈴ちゃんを捨てたわけじゃなくて、小梅ちゃんもひろっただけじゃないの?」


「……それでも、こんな仕打ちが現実の落としどころだなんて……こうするしか『狂風』が広めた理想を守れないなんて……夢は手が届いたとたん、もう二度と見ることもできないのでしょうか……?」


 枕にしがみつく頭へ、放り投げられた皿がゴツリと命中する。


「とどいたの?」


 長い沈黙のあと、小柄な少女はもぞもぞとベッドを降り、残っていた燻製肉を手づかみにする。


「……いえ……私たちの目指す先は神の楽園。異世界。かなった夢など、まだ億万分の一歩だけ。私はまだ、夢を追い続けます。さらなる一歩を踏み出します……」


 勇士生活では魔力や体力だけでなく、精神と胃袋も頑強に鍛えられていた。

 泣きながら、絶望しながらも、なおも明日へかじりつく姿を学びとっていた。


「帝都の記憶に焼きついた、我が部隊の威名を誇ります。『狂風』は迷妄すらも巻きこみ吹き荒れ、世界を導く勇士隊……」


 食事と交換に占領されたベッドからは、すでに寝息が聞こえていた。


「……異世界へ至る迷妄を現実に変えるために、手段を選ばない『帝都最悪の人格破綻者』が私……『狂風勇士隊』の参謀……」




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