第33話 異世界へ転生したことにする・序 3
「思い返せば『恵太』どのにしては、騎士団への応戦が悪辣だったんじゃ……『体操着』ではなく『鎧』と呼ぶようなボロも出ておったのに……思いこみはやっかいじゃのう? 逮捕状を怖がって逃げまわるためだけに、わしらへの邪魔を重ねてきた『卑怯陰険』も見落としていたとは」
リルベルは拷問器具の動作をひとつずつ確かめる。
ウィンシーはそのひとつをつかむなりギブファットの顔へ近づける。
「いつから?」
「うがー!?」
「いやいやウィンシーどの。それは別の場所へ突っこむんじゃ。『進路相談』には手順を踏んで『教材』も正しく用いるほうが効果的でのう? ひひっ」
「ま、待てって! 別にもう隠す気なんか……俺だって、すぐに全快したわけじゃねえんだよ! ワラレアの野郎が『香霊迷宮』でいきなり抱きついてきてから、なんかいろいろおかしい気がして……」
リルベルの目つきはかえって不穏さを増す。
「ほーう? ……で、なんで隠しておったんじゃ?」
「だ、だって、しょうがねーだろ!? 気がついたらウェイストリームが俺を親友あつかいして、気色悪いほどすり寄って来てんだぜ!? うっかりフラットエイドをつぶしちまって、もう貴族になる口利きなんて頼めそうにないと思っていたのに……」
「そんなことを気にしておったのか」
「だって首位部隊になったら、少しは『蒼天』の連中みたいにちやほやされて、貴族連中もすり寄ってくると思っていたのに、意外と放置気味でたいして変わらねえし、むしろウェイストリーム信者どもの風当たりが強くなるし、なんかダメそうな気がしてきて……俺、貴族の作法なんかなにも知らねえし! 社交会なんか呼ばれたって、話せるネタがねえし! そこへ生まれつき人気者のウェイストリームがホイホイ近づいてくるんだぜ!? わけわかんなくても、話を合わせてつなぎとめるしかねえだろ!? そしたらいつの間にか王族や騎士団に目をつけられて逮捕状とか、アホ信者どもが暴走して反逆さわぎとか、もうわけわかんねえよ!?」
「おおっ。その悲惨な小心狭量こそは、まさに我らが隊長ギブファットどの。なにやら落ち着くなつかしさじゃの~」
リルベルといっしょにウィンシーもなごんだ笑顔でうなずく。
「ていうかよう、まじでワラレアはどうしちまったんだよ? ツラが良くても死ぬほど高慢で近寄りがたいアイツが変に優しくなってきたのはうれしかったけど、いくらなんでも今朝からは怖えよ! どんな病気なんだよ? ここんとこ急な発熱と不整脈が慢性化しているとか言ってやがったけど……」
「あー……うん。えーと……うん。関係なくもないがのう? ワラレアどのが無理をしすぎた原因も、ほとんどは…………いやそれより、これからの始末をどうつけたものか……おっと、竹行どのもおめざめか?」
ギブファットが物音でふりむくと、背後では高級軍服の少年が縛られて猿ぐつわもかまされ、床に転がっていた。
「おま……それ、ガキのほうの王子じゃねえか!? 身柄をかっさらいさしあげたらまずいというか、やばすぎるだろ!?」
「いちおうは城内の指揮官じゃから、こうするしかなくてのう? この王子どのは、第二王女様の学説もなかなか読みこんでおるし……」
リルベルはしゃがんでバンブートゥ王子の巻き毛を優しくなでる。
その手つきに王子はぎょっとして、帝都でも悪名高い女怪人の厚化粧を凝視する。
「ていうか、こんなことしている場合じゃねーだろ? 改革とかなんとか騒いでいやがるけど、あんないかれたバカぞろいでどうにかなるわけねえって! どうせアホボンボンは捕まってもたいしたことねーだろうから勝手にやらせておいて、俺らはしっぺ返しをくらう前に、さっさと地の果てまで逃げねーと!」
「いやいや、今は聖神帝国を救える最後の機会なんじゃ。まだ地下にいる騎士団も、無茶をはじめそうだしのう?」
リルベルは頭を抱え、ギブファットは『帝都最悪の人格破綻者』の心配顔をいぶかしむ。
「なに言ってんだお前? いくら性根がねじくれていたって、もて遊ぶにはでかすぎるオモチャじゃねえか!」
「ひひ。実にけっこう……ところで勝海どのは、どうしてギブファットどのの回復に気がついたのじゃ?」
「におい」
「そ、そうか……もしや、わしの本名も知っとる?」
ウィンシーは眠そうにコクコクうなずく。
「小鈴ちゃん」
「水希どのの基準ではそうじゃな」
「アイドル活動の芸名が小梅ちゃん」
「……その鼻をあなどっていたようじゃ」
リルベルが肩を脱力させて天井をあおぎ、ギブファットは何度もまばたきする。
「なに言ってんだお前? 小梅ちゃんて、下の王女様の……」
天井の陰から、第二王女つきの護衛隊長トゥルクレインが鉄鞭をつたって降りてくる。その部下たちもぞろぞろと続いた。
総出で怪人リルベルの厚化粧を落とし、悪趣味な大量のリボンをはずし、清楚に整える。
「すまんのじゃが、ギブファットどのにはもう少し……巻きこまれていただきます」
ふりかえった第二王女リルプラムは、優しげな微笑で威圧した。
巨大縦穴の底へフェアパイン王子たちが降りると、七匹の怪物馬が待機していた。
第一王女カメリアは巨大魔獣たちの威容を見上げて顔をしかめる。
「これを作業員の代わりに? しかし土砂を外へ流すポンプは動いていないのでしょう?」
「私が土砂で埋まるまでの勝負です。しかし神の意志はすでにあの通り、兆候が!」
フラットエイドは螺旋階段のさらに下、地面の亀裂からにじむ光を指す。
底の下にある掘削現場の広間は渦巻き状に掘り下げられ、亀裂は壁沿いにある螺旋階段の近くから中央へ向かってのび、大きく広がっていた。
天井はドーム状で、鋼鉄の足場や、巨大な掘削ドリル、ポンプ、給水ホースなどが吊り下げられている。
それらを避けた中央部分には、家ほどもある白い石箱も鋼線で吊るされていた。
指先ほどの立方体ガラスを集めた板材で構築されていて、ふちの留め金は玉座と同じ模様の黄金で飾られている。
第一王子フェアパインは見上げて拝礼したあと、顔をくもらせた。
「いくら王宮を占拠されたと言っても、その中心にいるのはウェイストリームくんだから、暴虐をふるうことはないだろう? 貴族は有力者ほど抑えにまわるだろうし、それを無視するような彼でもないはずだ」
「ウェイストリームをたぶらかしているからこそ『狂風』どもは貴族ともつながり、暴虐の土台を奪いかねないのです! 地下での実質的な統率者はワラレアだったというし、ウィンシーは王族の隠し子などというデタラメまで! それに王族の権威である『杖術』の最強まで、現在はリルベル……やつらのねらいはローシーの危惧していたとおり、聖神帝国そのものだったのです! ここで王子まで投降してしまえば、やつらの思うツボです! やつらだけは滅ぼさねば! どうか今こそ『王家の神殿』から聖神様への呼びかけを!」
フラットエイドは王子と王女をぐいぐい押して、巨大なガラス箱へ通じる吊橋へ追いやる。
「しかし我々の『杖術』はそれほど……」
「これもローシーの受け売りですが『距離の技法』にすぐれる『王家の杖術』で位置さえ示していただければ、あとは杖術使いの数で補えます!」
騎士部隊でも実力者の杖術使いたちが神殿周囲へ配置されていた。
怪物馬も続々と階下まで誘導され、掘削機の周囲で土砂を除く重機として鎖を連結される。
神官着のフラットエイドは指揮をとりながら鼓舞した。
「次の階層こそ楽園に到達するか、かつてない試練がもたらされるか……いずれにせよ『狂風』のごとき偽の英雄では太刀打ちできない事態を前にすれば、人々も正気をとりもどすはずだ!」
そのころ王宮の議場では、正気に返る勇士が続出していた。
フェアパイン王子の推測どおり、ウェイストリームは『広く平等に』意見を集めようとして、政府要職の貴族たちまで招き入れている。
「平民にも票を与えると言うならば、すべての寄付は打ち切らせていただきますぞ! 平等なのでしょう!?」
「貴族にしか課せられない負担まで同じように分ければ、多くの平民が破産しますぞ!?」
「人気だけで指導者を選んだりすれば、役人をどこまでも増大させて圧政へ近づく危険もあるのでは!?」
それらに対しウェイストリームはうなずいて「たしかによく考えねばならない。よい意見があれば聞かせてほしい」などと計画性のとぼしさを正直にさらす。
ワラレアは「痛みはみんなで分かち合って乗り越えないと! 今は苦しいかもしれないけど、みんなの将来のために、今だけは耐え抜いてほしいの!」などと具体性にとぼしい強引さだけで押し切ろうとする。
「暴力では、なにも解決しないから!」と演台を鉄球で粉砕した。
「で、ですから、その制度を導入するにしても、詳しい計画は? 予測される問題と、その対策は? それらの実務をこなせる専門家はどこにいるのです? まさか……闇市の架空小説だけを参考に議論を進めるおつもりですか?」
ウェイストリームは「現在この国を動かす貴兄らの手助けは不可欠だろう。そして政策に合った人材の育成を含め、段階的に進める必要があるようだな」と素直に反省しつつ、順調に丸めこまれる。
ワラレアは「架空ではなかったの! あの物語は私たちの前世! みんなが本来は住んでいた楽園! あの通りの国を作れば、あとの問題は定期試験だけ! だからちゃんと思い出して! あなたたちが死ぬ前の記憶を!」と熱弁する。
命に危険が迫っていた戦場を離れ、知性や理性を求められる議論の場へ入ってしまうと、セーラー服少女の妄言は深刻に浮き上がっていた。
気の毒そうに見る目が上流貴族だけでなく、平民階級や、地下で共に戦い続けた勇士たちにまで広がりはじめる。
「あの、水希さ……ワラレアさん。僕もさすがに、前世についてはまだ信じられないので……たしかに『幻想奇書』の発想はすばらしい示唆に富んでいますが、それを実行へ移すには、もう少し準備が必要みたいで……」
議場の入口の陰で、小柄な少女は声を押し殺して「なぜもっと早く気がつかんのじゃあ!?」と壁を殴ってから、穏やかな笑顔をつくろって入場する。
一行の顔ぶれに会場がどよめいた。
待望された仲裁役である第二王女リルプラムは、第二王子バンブートゥを拘束なしに連れていた。
そのあとにはウィンシーとギブファットも続く。
「もうっ、どこに行っていたの恵太くん!?」
ワラレアが駆け寄って腕にしがみつき、議論とは無関係などよめきが起きる。
「道流くんが先生たちの職員会議で自信をなくしちゃって……小鈴ちゃんはどこ?」
ギブファットは顔を赤らめて押しつけられた胸を見つつ、ぎこちない声を出す。
「いや、その、子鈴に頼まれたんだよ。王女様が応援演説をしてくれるから、連れて行くようにって……」
ウェイストリームはポカンとしていた。
「リルプラム様が……?」
「おひさしゅうございます。ウェイストリーム様」
王宮突入後の別行動からは何時間も経っていない。
「お体はだいじょうぶなのですか?」
「国の一大事ですから」
野宿じみた外泊をぶっとおしていた。
勇士として鍛えられていた肉体も疲労しきり、顔色や足取りにも出ていたが、病弱に見せる演出としては効果的だった。
その微笑には『家柄だけいい世間知らずが小説を読んだ思いつきで政治をかきましてはいかんじゃろ』という本音がこもり、言い知れぬ気迫をたたえていた。
「ウェイストリーム様の主張はすばらしい理念にあふれ、私も主旨を同じくする者です。しかし国政の現状をかんがみれば、今すこしの研究を経るべき提案かとぞんじます」
「ええ、僕もこの場で質問を受け、ようやくリルプラム様の慎重な主張を優先すべきことに気がつきました……ワラレアさん。僕らの主張はリルプラム様にこそ預けるべきだと思うのだが?」
「そーだよなー。俺もそれがいいと思うぜー。なー?」
ギブファットの声はぎこちないが、妙な実感がこもっていた。
ウィンシーもコクコクうなずき、勇士の多くもようやく安心の表情を見せる。
「え。でも親が理事長なのに……?」
水希さんだけがうろたえる。
「ワラレアさん。代表には最もふさわしい人を選ぶべきで、家柄は低くても高くても、考慮に入れては不平等ではありませんか?」
ウェイストリームはこんな時だけ無駄に整った正論でなだめた。
「で、でも……小鈴ちゃんは? なんて言っているの?」
「あー、小鈴ちゃんも、リルプラム様に任せたほうがいいって言ってたぜー?」
ギブファットが小ずるい機転をきかせて代弁する。
「私もこれからは姉上を支持します。姉上に従います。姉上が一番です。姉上が絶対です……」
第二王子もやや虚ろな目で支持を表明すると、会場がふたたびどよめいた。
「ウェイストリーム様とバンブートゥ様が支持……ということは、王位継承も視野に?」
リルプラム王女は穏やかな笑顔をくずさない。
「聖神帝国のためでしたら、私もできるかぎりをつくす所存です」
ほとんど肯定しつつ、具体的には言い切らない。
勇士の間では使えた率直すぎる口調が急になつかしくなった。
『俺より先に死ね!』
『役立たずなら使い捨てる』
『それでわしになんの得がある?』
『うざい』
「……しかし今、最も優先すべきは、地下に残されたかたがたの『救出』です。地下探索に命をかけ続ける勇士のみなさんと同じく、彼らもまた、国を守るために魔物と戦い続ける英雄なのです。すべての議論は、彼らの代表も同席の上でなければ、公正とは言えません」
議場はさざめきながらも、落ち着いた賛同の表情が広がってゆく。
「まずはこの場の全員が協力し、この国をひとつにまとめましょう。私が尊重したい『ひとりひとり』には、兄上や姉上の意志も含まれているのです」
微笑に混じる悲痛へ拍手が集まった。
『ちょろいのう? 正気のワラレアどのが危ぶんでいたとおり、こんなうわべのきれいごとで丸めこめるようでは、異世界制度の導入はまだまだ先の話じゃのう?』
議場の者が察した心痛とは異なる悲しみだったが、効果的な演出になっていた。




