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第31話 異世界へ転生したことにする・序 1


 リルベルは自分の正気まで危うくなりそうな恐怖をどうにか抑えた。


「思い出した……とは?」


「私たちが読んでいた『幻想奇書』の内容は、すべて事実だったの! きっと作者さんも『神の楽園』にいた前世を思い出しながら執筆しただけ!」


「いやいやまさか。そんなわけ……」


「だって調べるほど作品世界の描写は『神の啓示』と一致するし、最新の研究よりも進んだ説明までされているし……それに今の私こそ、本来の自然な姿だと感じるの!」


「わしには不自然の極みなのじゃが?」


「それは今までの『ワラレア』として見ているからでしょ? 小鈴こすずちゃんだって前世の記憶を思い出したら、今の私のほうが『水希みずき』らしいって、はしゃいじゃうんだから! うふふ!」


「すまぬ……まさかそこまで追いつめてしまったとは……どうか十分に休み、かつてのワラレアどのに復帰を……」


「こらっ、うしろ向きに考えすぎ! 小鈴ちゃんこそ、らしくないぞ! あなたはなんでも笑顔で楽しめる女の子でしょ!?」


「それはまあ、今や脅迫と調教も……いや、水希どのの発想は前向きすぎて、宙に浮くどころか高速飛行しておるから、もう少し地に足をつけ……」


「こんな地下深くに閉じこめられている今は、ぶっ飛んでるくらいでちょうどいいじゃない! 小鈴ちゃんはもっと、現実としっかり向き合って!」


 ワラレアは笑顔でリルベルの両肩を握ってうなずき、希望を奪いきる。

 厚化粧の小さなくちびるから、かすかに「帰ってきてくださいワラレアさん」と素の弱音がもれていた。



 ワラレアは厨房へ駆けこみ、すぐに食器トレーを抱えて帰ってくる。

 いつの間にか食堂へ来ていたギブファットたちに席を押しつけ、オムレツには特大のハートマークまで描いてしまう。

 放心するリルベルの隣で、ウィンシーは首をかしげた。


「なんで生まれ変わったのに、死ぬ前をおぼえているの?」


「そう言われてみると、転生でありながら脳の記憶部分に限定した転移の一種じゃな? とはいえ宗教以外では、因果関係をリセットする設定の利便でも使われとるし……いやそれより、水希どのの変貌は極度の心身疲労による人格のゆがみで……」


「もともとゆがんでる」


「じゃから、あんな明るく愛想のいい優しさなど、まるきり似合わんじゃろうが!?」


 つい声が大きくなり、向かいのウェイストリームを苦笑させてしまう。


「小鈴さん、親友の水希さんをそんな風に言うのはよくないよ。彼女は以前から生真面目で行動力があった。だからもう一歩、素直な自分へ踏み出しただけだろう?」


「その一歩を崖下へ間違えとるのが見てわからんのか……」


 ウィンシーはウェイストリームを指す。


「あれがひどくなった感じ?」


「いや、治る可能性はあるのじゃが、薬物が原因ではないだけに、根も深そうな……」



 そのワラレアは鉄球の棘部分で壁にガツガツと文字を刻んでいた。


「はいみんな、黒板に注目~! ちょうど今日は恵太けいたくんのお誕生日だし、体育館を借りきって、お祝いしようと思うの!」


 付記された図面には城の侵入経路と部隊配置が並ぶ。


「え? 俺に誕生日なんて……」


 ギブファットはとまどうが、リルベルはぽんと手を打つ。


「そういえば恵太けいたどのはたしか、水希どのを『半年早く生まれた』と言っておったのう? そしてワラレアどのはちょうど半年前が誕生日じゃ」


「そ、そうだったぜ! 今日が俺の誕生日だよな! ど忘れしていた!」


「というかワラレアどのが、よくそんな小ネタをおぼえておったのう……いやそれより、あれはどう見ても王宮の襲撃計画なのじゃが?」


 リルベルの笑顔がこわばり、ほかの勇士たちもどよめいていた。

 ワラレアは全員の私語がおさまるまで待ったあと、笑顔でうなずく。


「とても勇気がいることだと思う……でも、いじめを見て見ぬふりしたら、本当に大切なものを失ってしまうから! それは加害者と被害者、どちらの苦しみも自分に背負わせてしまうことなの! みんなで立ち向かわないと!」


 リルベルがおそるおそる挙手すると、即座に指された。


「し、しかし、正面から立ち向かっては、まずい相手もおるじゃろう?」


 ワラレアは深くうなずく。


「すべての努力が報われるとは限らない。でも、だからこそ、やってみたいと思うの! ほかの誰でもない、私たちが! 今!」


「その返答では、なんの具体策にもなっとらんが……方向性はともかく、手段と時機が問題で……」


「たしかにそうかもしれない。でも、それで逃げていたらだめ! すべては、やってみないとわからないから!」


 勢いだけの返答をくり返されたが、ほかの勇士たちまで拍手や雄たけびで賛同をはじめてしまう。



 各階層の衛兵詰所には、弓矢などの武器も配備されていた。

 特に第四階層の倉庫や掘削現場には大型の弩砲もあり、第二階層の騎士団は応射を警戒した陣地を巨大縦穴の鉄扉前に築いている。


「だが、今まで一本も撃ち返してこなかった。射程に優れた『杖術』の腕利きも多いはずだが……そしてあの弩砲も、照準がこちらでないことはあきらかだ。だから騒ぐな」


 第三階層を監視していた『深淵しんえん勇士隊』の隊長ゴルドエイトは眉間に深いしわを刻み、騎士団兵士たちをさがらせた。


「しかしゴルドエイトどの、やつらの狙いが外部との連携攻勢ならば、阻止しなければ……」


 一階層下ではウェイストリームとリルベルが慣れない手つきで弩砲の角度を整えている。

 その隣にいるセーラー服の少女が、明るい笑顔で手をふってきた。

 歴戦の上級勇士ゴルドエイトは陰の濃い表情をいっそう無愛想にする。


「騒いで軍規を乱すなと言っている。あれのどこが攻撃だ?」


 弩矢をはじく砲声が響き、砲弾は空気を裂いて一瞬に上空へ達し、バラバラに分解する。


「ほらあ! やっぱり外と連絡するための矢文ですよ!? 早くフラットエイドさんへ知らせなくては!」


 薄い板きれがいくつも散らばり、小さなパラシュートを広げて風に流されていた。

 うまく開かないで真下へ落ちた一本をゴルドエイトが槍先へひっかける。


『今日は恵太くんの誕生日だから体育館で卒業式だよ!』


 小さな木の板に書かれた一文の横には、ポップな絵柄で王宮も描かれていた。


「見ろ。攻撃でも連携要請でもない」


「な、なにを言って……それは王宮襲撃を指して……それにあれ!」


 第三階層から、数十人の勇士が盾をかまえて駆け上がっていた。

 しかしゴルドエイトは弓兵をにらみつけて声を低める。


「誕生日だから卒業式を開くなら問題ないだろう?」


 兵士たちは重苦しい威圧に萎縮する。

 そして『深淵勇士隊』で長い年月を共にした部隊仲間たちは、合図もなしに第二階層の鉄扉を封じにかかった。

 似たような陰のある面々が、かすかに笑みを浮かべている。

 その前をウィンシーが独りで突出して駆け抜けながら「金八きんぱちくん、おはよー」とあいさつを残した。


「いつから『深淵勇士隊』は裏切って……!?」


 騎士団兵士たちがおびえて壁際にへばりつくと、ゴルドエイトは悲しげに顔をゆがめる。


「裏切り者は騎士団のほうではないか。私はそれでも忠誠をつくした。家族のために。だが彼らがいつ反撃した? 攻撃されている間の牽制すら、ケガをさせない最小限だけ……その彼らの交渉要求をどれだけにぎりつぶし、威嚇ではない一斉射撃をどれだけ命令した!?」


 後続の勇士たちも駆けて来て、その先頭には笑顔のワラレアがいた。


「おはよう金八くん! 登校時間はもっと笑顔じゃないとだめだぞ!?」


 続く勇士の多くは第二階層の状況に驚いていたが、すれちがう時には声をかけてゆく。


「金八オッス!」「よう金八!」「またな金八!」


 ゴルドエイトは悲痛な苦笑を見せるだけだった。

 数十人の突撃隊が通りすぎるころには、第二階層の補給所にいた騎士団兵士たちも異変を察し、鉄扉をたたきはじめる。


「これも家族のためだ。あの狂った連中を守るほうが、国に従うよりマシに思えてしまったのだ。そこまで失望させられた……国が私を裏切ったのだ!」


 ゴルドエイトは弓兵たちを拘束すると、破裂寸前の鉄扉へ槍を向ける。


「見たかやつらの笑い顔を……『帝都一の冷酷残忍』と呼ばれた女の、変わり果てた姿を! 『幻想奇書』はどれだけ優れていようが、架空の物語だ! 感じ取れる読み手がいなくては、現実の結果など生み出せない! 彼らを世界の端まで追いつめすぎた貴様らが、異世界などという迷妄を呼び寄せてしまったのだ!」



 城壁上では連絡弾のパラシュートを騎士団の衛兵が大騒ぎで回収し、あるいは木っ端微塵に破壊していた。

 光る鉄鞭が、城壁の向こうへ落ちかけた一枚を捕らえる。


「ありがとうございます! さすがは『鞭術最強』トゥルクレインどの! 反対側も護衛隊のかたがほぼ回収してくださったようで……」


 そのころ護衛隊長トゥルクレインの部下たちは回収した木切れに『今すぐ』と書き足し、こっそり城外の群集へ投げつけていた。


「大規模な襲撃を警戒するよう、急いで伝えてください」


 トゥルクレインは毅然とした表情で誰でも気がつきそうな忠告をしたあと、城壁上にある弩砲の準備を確認するふりで、発射装置へ密かに小石を仕込んでまわる。

 小声で「やけに早く第二階層を突破できたなー。でも地上の騎馬部隊も自力でどうにかしてもらわないとなー」とつぶやく。



 迷宮の出入口は怪物馬の大部隊が囲み、巨大縦穴を駆け上がってくる一団へ身構え、城壁上へ援護射撃を要請していた。

『狂風勇士隊』の参謀リルベルも地上へ出て最初に、弩砲の配置を見渡す。

 トゥルクレインとその部下が走りまわる姿を確認し、手信号で伝えてくる弩砲の準備状況を把握した。


「大型砲台のほとんどは準備が遅れておるようじゃ。通常の弓矢へ対する盾の角度だけ注意して、一気に駆けよ! 勝海どのは……まあ、普通の矢は刺さりそうにないのう」


 ウィンシーはすでに単独で突出して複数の騎馬隊を相手に暴れ、全身を光らせ続けていた。

 少しでも台車を離れると、怪物馬の巨大なひづめやアゴに襲われる範囲へ入ってしまう。

 それらを殴り返し、時には踏みつけて駆け上がり、ジャンプ台がわりにも使う。

 なまじな魔獣どころではない身のこなしに、怪物馬すら背後をとられ続けた。

 騎馬隊は本来の戦術どおり、台車の乗り手も援護に加わっている。

 地下探索ではない任務であれば中級以上の勇士にもひけをとらない『騎士』たちが、鋼鉄台車の上から、騎馬の死角を守って魔法の光を放つ。


「我が槍術が殴り返されるなんて……威力では上級勇士とも互角だったのに!?」


「矢を直撃させても出血すらないとは……上級勇士なら数人にひとりは使える『闘術』の強度とはいえ、数秒で息切れするはずだろう?」


 騎士たちは『帝都最強』の異常な性能に毒づくが、ウィンシーも体操着のあちこちに穴を空けられ、不機嫌になっていた。


「一等賞」


 台車の中でも特に健闘した一台が蹴り飛ばされ、別の台車へ当てられる。

 ほかの台車も馬具との接続を次々と打ち曲げられ、操縦に支障をきたしていた。



『帝都一の凶暴野蛮』が単独でかきまわした隊列のすきをつき、続く勇士たちが一気に駆けこむ。

 中心にいる『砂塵』の隊長は負傷したデューリーフを背負いながら、目を見張った。


「なぜか弩砲が鳴らないとはいえ、勝海さんは独りで何匹の相手をしているのだ?」


 デューリーフも背負われながら盾をかまえ、城壁上を警戒して弓隊の動きを知らせている。


「勝海の姉御は特にひどいけど、やっぱ『狂風』や『蒼天』は無茶苦茶だな」


 かつて最強部隊だった『蒼天』の隊長ウェイストリームが大剣をふるえば鉄の車輪が砕き飛ばされ、鋼鉄台車の突撃すら打ち返す。

 そして『狂風』の隊長ギブファットがふるう最強の『剣術』は相手を嘲るようにのたうち、盾をかわして武器をはじき落とし、馬具や車輪にからんでは落車を誘った。

『狂風』の参謀リルベルも最強の『杖術』を解禁している。

 狙いこそ馬具と車輪へしぼっているが、高威力の射撃を次々と飛ばして数隊を同時に足止めしていた。

 それら一団の先頭をきって大盾をふりまわす少女が『狂風』の副官ワラレアである。

 防御用途の『甲術』を専門とする勇士でありながら、その短いスカートと明るい笑顔はウィンシーよりも恐怖の視線を集めていた。


「いくよ~! 聖神高校~ファイッ!」


「オー!」


「ファイッ!」


「オー!」


「ファイッ!」


「オー!」


 主導する奇怪な呪文の詠唱が、多くの騎士団兵士から平常心をもぎとる。


「もいっちょ~! 気合いれて~ファイッ!」




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